TeaParty ~紅茶のお茶会~

『音色のお茶会』

海に浮かぶ雲2 *

「ただいま」
 いくつかの海外公演を終えた月森が数か月ぶりに日本に帰ってきた。
 日本での公演はすでに終わっていたが、実家に誰も居ないらしく俺の家へと直接やってきた。
「おかえり。…少し痩せたか?」
 もともと細めの身体だが、送り出したときよりも少し細くなった印象を受けた。
「少しスケジュールがきつかったからな」
 そう言いながら、勝手知ったると言わんばかりにさっさと入っていく月森を横目で見つつ、俺はキッチンへと移動する。
 帰ってきたらいつでも食べられるようにと夕食はすでに作ってある。あとは温め直すだけだ。
「少し早いけど、って、わっ」
 言い掛けた言葉はいつの間にか後ろに立っていた月森の腕の中へと抱き込まれて驚きの声に変わった。
 首元に顔を埋めてくる月森の、触れる吐息がやけに熱い。
「君が欲しい…」
 耳に直接届く声が、そのストレートな物言いが、いとも簡単に俺の理性を打ち砕く。
 疲れているだろうと思って遠慮していたっていうのに。
「俺も…」
 首だけ振り返り、掠めるように唇に触れる。
「お前が欲しいよ」
 途端、顎を捉えられ、まるで奪うかのように口付けられた。
 絡められた舌が、火傷しそうなほどに熱い。
「んっ」
 無理のかかる体勢が苦しくて喘げば、抱き締める腕の力が緩んで向きを変えさせられた。
 正面から強い力で抱きすくめられ、俺はそれを更に引き寄せるように首へと腕を回した。
 キスだけでは治まりそうもない熱が、全身を包み込んだ。


 月単位で会えないことはめずらしいことではないが、そんな久し振りに会ったときの月森は、それまで逢えなかった日々を補うかのような激しさで俺を抱く。それは俺だって同じで、体裁なんて構っていられないほどに月森が欲しいと思う。
 けれど今日の月森はそれがいつも以上で、さすがに身体が悲鳴を上げる。
「も…む、り……っぁあ!」
 辛うじて紡げた言葉はまた嬌声に飲み込まれ、止めることの出来ない声だけが部屋に響く。
 耐えきれなくて首を振れば、溜まっていたのであろう涙が目尻を伝う感覚があった。
「梁太郎…」
 その涙を拭うように目元に触れる月森の唇は優しいのに、容赦なく突き上げられて涙が止まらなくなる。
「あ、……ぅ、ぅあ…」
 限界が近くて、でもまるでポイントを外されているかのようでそこに辿り着くことも出来ない。
「蓮、れん…」
 縋るように名前を呼べば、目元を行き来していた唇がゆっくりと下りてきて舌先だけで唇を掠めていく。
 身体はもういっぱいいっぱいなのに、何か物足りなくて身を捩る。
「梁太郎…」
 呼ばれたその声になんとか目を開けると、涙で滲んだ視界の向こうに月森の顔が見えた。
 真っ直ぐに自分を見つめてくるその眼差しに、心が締め付けられるほどの痛みを感じた。
「蓮…」
 それがなぜだかわからなくて、そんな風に思ってしまったことが何か不安で、俺は背に回していた腕に出来る限りの力を込めて月森を引き寄せた。
「梁太郎、愛している」
 いつだって想いを口にしない俺たちの、たった一度だけ言葉にする想い。
「俺も、愛している…蓮」
 見つめた瞳からまた何か切なさを感じたような気がしたが、もうそんなことを考える余裕は俺にはなかった。



2008.12.5up