『音色のお茶会』
『parallel mind』 variation ~変奏曲~ 7
そして今、止まっていた時間が動き出す
「聞いてもいいか」
控えめに流れる店内の音楽が次の曲へと変わろうとした頃、この沈黙を破って先に口を開いたのは土浦だった。
その声はとても静かで、でもどこか覚悟を決めたような響きがあった。
「なんだ」
話を始めるきっかけを考えながら口にしていたカップを置きながら、俺は短く返事をして土浦へと視線を向けた。
真っ直ぐで意思の強そうな瞳が、まるで俺を射るかのように真っ直ぐ見ていた。
「どうして連絡なんてしてきたんだ。なんで会えるかなんて聞いてきたんだよ…」
まるで何かに耐えるかのように言われたその言葉に、俺の心は一気に冷やされた。
何か言われるだろうと覚悟を決めていたつもりだったが、再会したこの状況に、俺は何かを期待しかけていたのかもしれない。
「迷惑だったのなら、別に断ってくれて構わなかった」
そうすればきっと諦められた。そしてまた、思い出にだけ縋っていくことを選んでいた。
「違う、そうじゃない」
表情をなくしたような月森の言葉を、俺は慌てて否定した。
迷惑だったんじゃない。ただ、その理由が聞きたかった。
「君こそなぜ断らない。なぜ会いに来た」
誤魔化しを許さない冷ややかとも思える視線に、俺は思わず言葉を失った。
期待をしてはいけないとわかっていたはずなのに、俺は一体何を聞きたかったのだろうか。
理由を聞くなんて今更だ。そんなの今まで一度も聞いたことがなかった。そして聞かれたこともなかった。そうやってずるずるとここまできたんじゃないか。
「お前が連絡なんかしてこなければ、会えるかなんて聞いてこなければ、俺は会いになんて来られなかった」
俺はただ、会いたかったんだ、お前に。
けれど自分からそれを言い出す勇気はなかった。だからいつも受け身だった。
「でも、迷惑なんかじゃないんだ…」
嬉しいと、今でもそう思っている。
「俺の所為なのか」
土浦の言葉の意味を考えるとそういうことなのだろうか。でもそれは、どういうことだ。
それに土浦は、来なかった、ではなく、来られなかったと言った。俺が誘ったから、それが俺だからだと、そう思ってもいいのだろうか。
「お前の所為とかそんなんじゃなくて…」
言葉を探しているらしいその言い淀む表情が少し困ったように伏せられていく様を見ながら、俺も言わなくてはいけない言葉を探していた。
なぜと問われたその理由を、俺は答えていない。いつだってその理由は心に隠したままだった。
それを言ってもいいのだろうか。いや、今ここで言わずしていつ言うのだろうか。
「このまま、また会えなくなってしまうのは耐えられなかった」
思い出だけを繰り返し繰り返しなぞるのは辛い。それが幸せなものではないのに、それしか思い出と呼べないことはもっと辛い。
「本当はずっと…」
この言葉は、俺たちの関係を変えることになるだろうか。