『音色のお茶会』
『parallel mind』 variation ~変奏曲~ 2
偶然を必然とするためには何が必要だろうか
あとで。
そう聞こえた月森の言葉の続きを、俺は人ごみの中を歩きながら考えていた。
月森は、何を言うつもりだったのだろう。
自分は偶然の再会を歓迎される相手ではないはずだ。それともこんな俺でも、日本を離れていた月森にとっては懐かしく思える存在だったのだろうか。
こんな偶然に鉢合わせてしまうのならば、部屋でおとなしくしていればよかったと思う。
ただ、あまりにも天気がよくて、俺一人だけが部屋に残されて、そんな部屋の窓から見える初めての土地は魅力的で、散歩してみたくなったんだから仕方がない。
そう、俺にとってここは、ウィーンは初めて訪れる街だった。
大学の仲間との卒業旅行の行き先をウィーンに決めたとき、月森のことを考えたことは否定しないが、まさかこんな偶然が起こるとは思ってもみなかった。
留学中の月森についての情報はほとんど知らない。俺が今、ウィーンに来ていることだって月森は知っているはずもない。
それなのに、この偶然は一体なんだというのだろうか。
もう二度と、会うことはないと思っていた。こんな風に再会することなど、ないはずだった。
あとで。
それなのに、月森の声を聞いてしまった。
月森は、その言葉の続きを何と言ったのだろうか。言って、どうするつもりだったのだろうか。
その言葉には何か希望があって、俺はまたしなくてもいい錯覚を願ってしまう。
そんな都合のいいことはないとわかっている。聞こえた言葉も、錯覚だったのかもしれない。
けれど一瞬、まるで見つめ合うかのようなあの視線は、俺の願望が見せた錯覚だとは思えない。
あとで。
続く言葉を聞いていたら、俺はどう答えたのだろうか。
その言葉に俺は、答えるつもりだったのだろうか。
あとで。
急かされるように乗り込んだ車の中で、俺はそれに続く言葉を探していた。
思い付くいくつかの言葉の、一体どれを言おうとしていたのだろうか。
けれどとっさに口を突いて出た言葉を、最後まで言えなくてよかったとも思う。それこそあの視線が更に見たくないものに変わるだけだっただろう。
そうやって冷静になってみると、土浦がウィーンに居たことを初めて不思議に思った。
連れが居た様子はなかったように思うが、この街に慣れた様子でもなく、旅行中だと考えるのが妥当なところだろうか。
もしもそうならば、この再会が起こり得る確率はとても低かったように思える。
いつも通り家から直接出掛けていたら、俺はあの場所へは行っていなかった。もしも用事がなかったら、その用事が今日でなかったら、俺はあの場所にいなかったはずだ。
それなのに、この偶然は起こってしまった。
けれどほんの一瞬だけの再会なら、なかったほうがマシだったかもしれない。こんな風に会ってしまったら、見つけてしまったら、その先を望んでしまう。
あとで。
その先に続く言葉が、叶えられるのではないかと期待してしまう。
お互いどこに居るのか分からない状態で、それは無理だとわかっている。それ以前に、俺たちの間でそれはありえないだろう。
けれど、初めて見る表情が俺だけに向けられていたのだと、そう思ったのは錯覚だろうか。真っ直ぐに見つめ合った視線が、嘘だとも錯覚だとも思えない。
あとで。
連絡をしたら、繋がるだろうか。
会うために、待っていてくれるだろうか。
また、会って話すことは出来るだろうか。
その続く言葉に、君は答えてくれるだろうか。