TeaParty ~紅茶のお茶会~

『音色のお茶会』

オトメゴコロコイゴコロ7

「もし都合が合うようなら、練習に付き合ってほしいんだけど…」
 放課後、練習室へと向かうのであろう月森を捕まえて、俺はそう声を掛けた。
 どれだけ考えても答えがひとつしかないのなら、俺はそれを認めざるを得ないのだろう。そしてそれを認めるためにはもう一度、月森の傍でピアノを弾いてみるのが一番だと思った。
「俺は構わないが…君は構わないのか?」
 しばらく逡巡した後、月森からはそんな返答が返ってきた。
 一瞬、どういう意味かわからなかったが、どうやら月森なりに遠慮というか自制心というか、そんな感じのものを俺に向けているらしいのだと気付けば、嬉しいような恥ずかしいような、ちょっと複雑な気分になった。
「昨日みたいなことはしないんだろう」
 どう答えていいのかわからなくて思わずそんな言葉を返してしまってから少し後悔する。俺は月森を牽制したかったわけではないし、むしろ自覚しかかっているならば月森が何か行動を起こしてくれた方が答えを返しやすかったのではないだろうか。
 いや別に何かしてほしいと思っているわけではなく、何かされたらされたでそれはやっぱり困るというか恥ずかしいというか、いやだからそうじゃなくて…。
「とにかく、練習室に行こう」
 頭の中でぐるぐるととんでもないことを考えていれば、月森は急に俺の手をとって歩き始めた。それは手を繋ぐのとは少し違うがとても自然な動作で、俺は引かれるままに歩き出した。
 そういえば昨日の帰りも月森に引っ張られるようにして家に帰ったのだと思い出し、そしてその前の出来事をまざまざと思い出して思わず手に力を込めれば、そんな俺の反応に気付いたらしい月森は慌てたようにパッとその手を離した。
 少し低めで温かいとは言えなかったが、人肌が離れていくというのはどこかやっぱり淋しいもので、俺は掴まれていた手をぎゅっと握ることで感じてしまった淋しさをなかったことにしようとした。
 そのままお互い何もしゃべらずに着いた練習室まではそんなに距離がなかったのに、やけに長く歩いてきたように感じた。そして月森に続いて入った練習室の扉を閉めた瞬間、俺は月森と二人きりなのだと妙に意識してしまった。
「昨日、弾いていた曲は文化祭で演奏する曲なのだろう」
 なんでもないように聞いてくる月森の言葉に対し、変に緊張してしまっている俺は頷きながら小さな返事を返すだけで精一杯だった。
「俺が日野のパートを弾いて、君のピアノに合わせてもいいだろうか」
 そして続いた言葉に、俺はまともに見ることが出来なくて俯いていた顔を上げた。
 確かに一緒に練習をしようと誘ったのは俺だ。だけどそれは月森に聴いてもらいたいと思っていただけで、一緒に演奏したいと思っていたわけではなかった。
「だめだろうか?」
 ヴァイオリンケースを置いた月森の視線が俺へと向けられ、そう尋ねられて俺は急いで首を横に振った。
 一緒に演奏したいと思ったわけではないが、一緒に演奏したくないと思っていたわけでもない。むしろ、一緒に合わせたほうが自分の気持ちがハッキリとわかるような気がした。
「よかった」
 やわらかく微笑む月森の表情など見るのは初めてで、俺の心臓は一気に心拍数を上げた。それを抑えたくて胸へと手を伸ばせばどうにも慣れることのない感触がそこにあって、けれど手に伝わってくる自分の鼓動が、何故か愛おしいような不思議な気持ちになった。
 お互い自分の楽器の準備を始めても鼓動は治まらず、そういえば昨日もこんな状態でピアノを弾いていたんだなと思い出す。
 あのときはまだ自覚なんてしてなかったし、今もまだ自分の気持ちを認めたわけではないが、それでも高鳴る鼓動の原因が月森であったことは紛れもない事実だ。
 指慣らしを終えて顔を上げれば、同じタイミングで弓を下げた月森の視線が俺へと向けられた。その視線は今朝と同じく、真っ直ぐで真剣なものだった。
 まるで月森の気持ち、そのものみたいだ…。
 それならば俺もちゃんと自分の気持ちに向き合ってみようと思う。もう、逃げるのはやめだ。
 ゆっくりと目をつぶって大きく息を吸い、そして吐き出しながら鍵盤へと手を伸ばす。何も言わずに弾き始めた俺のピアノに、月森のヴァイオリンが重なってくる。
 練習室に響き渡った二人の音色は、弾いているこちらまで恥ずかしくなるような、甘くて優しい音色だった。