TeaParty ~紅茶のお茶会~

『音色のお茶会』

オトメゴコロコイゴコロ6

「はぁ…」
 昨日から何度となく吐いてきたため息がまた、知らず知らずのうちに落ちた。
 朝の告白からずっと、俺の頭の中は月森でいっぱいになっている。目をつぶれば月森の表情が浮かび、耳を塞いでも月森の声を思い出してしまう。
 それだけなら仕方のないことだと思えるのだが、月森を思い出すと胸が苦しいくらい高鳴ったままだという事実がため息を量産してしまう最大の原因だった。
 昨日の演奏といい、今日のこのドキドキといい、俺には今まで一度も経験したことのないことだから自分でもどうしたらいいのかわからない。わからないが、自分の中に嫌悪感がこれっぽっちもないことだけはわかっているから困惑する。
 いつだって文句とダメ出しの言い合いばかりで相容れることなどなかった月森からの告白ならば、そこは普通、嫌悪感でいっぱいになるところだろうと思うものの、驚きと困惑はあっても嫌悪はやっぱりどこにもない。
 考えてみれば、昨日から俺は月森に対して嫌悪感を一切抱いていない。それが何を意味しているのか考えて、考えれば考えるほど答えが浮かばなくなってしまう。いや違う。何をどう考えても最終的にひとつの答えに行き着いてしまうから、それではない答えを無理に探そうと足掻いているのかもしれない。
 たぶん俺は、月森のことが頭から離れないことを仕方ないと思えるくらいには月森に対して好意を抱き始めているんだろう。
 昨日の今日でと、月森に言った自分の台詞を思い出す。そして、時間も男女も関係ないと言った月森の台詞も思い出した。その言葉はどちらも正解で、どちらも不正解に思える。
 もしかしたら俺が今こんな姿だからかもしれないという言い訳を考えてもみたが、そんな自分の意思ではないところで人を好きになんて絶対になりたくない。
 素直になれない気持ちが色々なことを否定して、それでも否定しきれずに蓄積されていく。否定すれば否定するほど、逆に自分の気持ちを思い知らされる。
『どうしたのだ、ため息など吐いて』
 ため息の数をまた増やしたところで、飛びぬけて明るい声が頭上から降ってきて俺は顔を上げた。
「リリ…」
 思わずその名をつぶやいて、またため息が落ちた。
 その姿を確認せずともそこにいるのがリリであることは声でわかってはいたが、キラキラとした光に包まれたその姿を見ると色々な感情が込み上げて、それが全てため息という形になって落ちてしまうことは止められなかった。
「お前が変な魔法をかけるからだろう…」
 昨日は言えなかった文句とともに睨みつけてみたが、今はそれにどれほどの威力があるのかいまいちよくわからないような気分になった。
『なんだ、オトメゴコロを理解したかったのだろう。そう言っていたではないか』
 リリは驚き顔というか不思議そうな表情をこちらに向けながら空中で首をかしげている。
「それは日野の要望だ。俺の意思じゃない」
 そんなリリの言葉にため息がまた増える。反論の言葉は返したが、こいつに口でなんと言っても勝てないことはなんとなくわかっている。
「なぁ、この魔法って、変えたのは姿だけか? 心は、俺のままなのか?」
 それならば不毛な文句はぐっと堪え、疑問に思っていることを尋ねてみた。
『もちろんなのだ。心は自分にしか変えられないのだ』
 どんな答えが返ってくるのか少し怖かった俺に対し、リリの言葉は本当に即答だった。
「心を変えるのが自分だって言うなら、俺の外見を変えただけじゃ何も変わらないんじゃないか?」
 リリの返事にホッとすれば月森との一件で少し忘れかけていたリリへの怒りが段々とよみがえり、俺の語気は調子を戻したように強くなっていった。
『そんなことはないのだ。見た目はたぶん、大切なのだ!」
 今度も即答と思いきや、聞き捨てならない台詞が混ざっていたことにさっきよりも強く睨めば、リリはその視線を素早く全身で逸らした。
『たぶんではなく、大切なのだ。我輩が大切だと言うのだから、大切に決まっているのだ』
 たぶんなら魔法を解けと口にする前に、リリは慌てたようにそんな言葉を付け足した。まるで子供の理屈のような取り繕い方をされたら、もう怒る気なんて失せてしまう。
「大切だって言うなら、この格好になっただけで心が変ってない俺が、どうやって乙女心を理解するっていうんだ?」
 それでも何か一矢を報いないと気が済まなくて睨みつける目はそのままにリリを見上げれば、リリは逸らした身体をゆっくりとこちらへと戻した。
『それは土浦梁太郎が考えなければいけないことなのだ。心は自分にしか変えられないと言ったではないか』
 なんとも都合のいい返答だと思いつつ、そんな答えが返ってくるであろうことも予想済みで、俺は今度こそ完全に怒る気が失せてため息を落とした。
「じゃあさ、音楽は人の心を、変えると思うか?」
 その答えを、俺はリリに聞いてみたいと思った。
 月森を考えながら弾いた演奏で月森が俺のことを好きになったというのならば、音楽にはその力があるということなのだろうか。
『音楽は気持ちと一緒なのだ。だから音楽によって伝わった気持ちが心を動かすのだ』
 そう言って楽しそうに笑うリリの姿が、光に包まれている以上に輝いて見えた。
 リリの言葉を信じるとして、俺の演奏が月森の心を動かしたというのなら、俺はあの演奏に一体どんな気持ちを込めていたというのだろうか。
 だが別に俺は月森を好きだと思いながら弾いていたわけじゃないし、そもそも勘違いや思い違いなどよくあることで、気持ちが正しく伝わるとは限らないのではないだろうか。
『どう感じるかどう考えるかが違っても、それに気付いていなくても、心は誰もが最初から持っているものなのだ。だから土浦梁太郎も、早くオトメゴコロに気付いてほしいのだ』
 まるで俺の心を読んだかのようなリリの言葉に、何故か心をぎゅっと掴まれたような気がした。
 心は自分で変えるもので、最初から持っているものだというのならば、目を逸らしている先にある答えが、俺の本当の気持ちだということだ。
『早く我輩に、素晴らしい音楽を聴かせてほしいのだ』
 リリはさっきよりも明るくて楽しそうな笑顔を俺に向け、そしてその場に光だけを残して消えてしまった。
 ひとりその場に取り残された俺は、月森の言葉とリリの言葉と、そして自分の気持ちをもう一度整理するためにそっと目をつぶった。