TeaParty ~紅茶のお茶会~

『音色のお茶会』

音色の中の想い1

 月森蓮の音色が変わった。
 そんな噂が学校内に流れている。少し前にもそんな噂がたったがその時以上で、音楽科のみならず普通科の生徒の間でも急速にそれは広まっている。
 たぶん、あの日以来。
 確かに…と俺は思う。そしてその原因を知っている、とも思う。
 たぶん、俺のせいだ。
 けれど、言い切ってしまう自信がない。自信がないというか、俺がそう思っているだけで本当は気のせいなんじゃないかとも思えてしまう。
 思い出すだけでガラにもなく恥ずかしくなるあの日、思いがけず隣同士の練習室で合奏してしまったあの日、そしてそのあと…色々あったけれど、あれから今日まで何の進展もない。
 いや、進展したらしたで、それもあれだけど…。
 最終セレクションが目前でお互い練習が忙しいとか、校舎が違うからそうそう逢うこともないとか、そんなことは今までと変わりないことなのに、それがなんだか悔しいような気がする。
 あんなことがあった後で、どんな顔で逢えばいいのか、なんて思っているのもあることはあるけれど。
 そんな俺の気持ちに拍車をかけるように月森の噂は色々と飛び交っていて、どうにもいたたまれない気持ちにすらなってくる。
 最近、月森の雰囲気がやわらかくなった、なんて噂もある。
 人に対して無神経にもほどがあると思っていたあの態度が、最近はそうでもないらしい。音色が変わった原因と合わせて女子の間ではだいぶ話題になっていると、日野や天羽が言っていた。
 何かあったのかな、なんて俺に聞くな。答えられる訳ないだろ。
 でも本当にそれが原因なのか、俺は本当に自信がなくなっていた。
 こんな気持ち、気のせいだって思っていた頃のほうがまだよかったじゃないか…。

 あの日、月森が練習室に入ってきて、話をして、告白されて告白して、おまけに…キス…もして、その後、数曲合わせて俺たちは帰宅した。
 それから今日まで、俺たちは一度も逢っていない。話だってしていない。
 別に何かを約束したわけでもないし、練習で忙しいのも事実だが、それにしたって…。
 ちょっと前まで話せばケンカ腰で言い合いばっかりで、だから昨日の今日で…というのはないかもしれない。
 けれど、それでもこんな風に想われている、想っていると自覚してしまったこの気持ちが今の状況を少し淋しく思っている。
 淋しい、なんて俺らしくなくて嫌なんだけどな。
 それでもそう表すのが一番、合っている気がする。
 自覚して、認めて受け入れたこの気持ちや想いが、認められなかったあの頃よりも遠くにあるような気がする。手を伸ばしているのに届かないような、雲を掴むような、足掻いているような。
 ガラじゃねぇ。俺らしくねぇ。
 いくらそう否定してみてもこの気持ちはなかったことにはできなくて、さらに落ち込んでいくような気もする。自分が何を求めているのかすら、わからなくなってきそうだった。
 ほんの数日前のあの日が、延々、昔のようにも思えてくる。そしてあれは夢だったのかとも思う。
 夢のほうがよかった、なんて思いたくないくらいに気持ちが揺れているというのに。
 相当、重症だな、俺。

 本人には逢えないのに、噂とその噂に上る音色だけは嫌ってほど俺の耳にも届いた。
 今まで足りなかったものを補ってしまった月森の演奏は、その音色も演奏技術も更に増し、聴く者を虜にし、圧倒させる。
 その音色に、技術に負けたくないと思いながら、その音色と技術に囚われている自分もいる。負けたくないと、そう思うことこそがすでに負けているのではないかとも思う。
 月森の奏でるヴァイオリンの音色は、今の俺にとっては何よりも心地よく心に響く。
 思えば、その音色が最初に変わったと気付いた時から俺の心を捉えて離さなかった。それがどうしてだかわからなかったけれど、今ならわかる。
 けれど、月森の想いがその音色に乗せられていたからだと、思ってもいいのだろうか。それは、俺の自惚れではないのだろうか。
 なんだか後ろ向きな想いだな。
 あの日、思いがけず合わさったふたつの音色が、妙に懐かしく思われる。
 最近、ピアノを弾いていてもあの時の自分が奏でた音色を出すことができないでいる。認められなかったあの日までとは違い、気持ちを隠しているわけではないというのに。
 あの音色を奏でたいと思い、あの音色を奏でてほしいと思う。
 いや、月森は奏でているじゃないか。
 けれど、その音色が遠く感じるのはなぜだ。気付かずに聴いていたときのほうが、より近くにあったような気さえする。
 その音色が俺の心に響けば響くほど、届かなくなるような錯覚。それは月森の技術になのか、それとも違う何かなのか。
 俺は一体、何を求めているんだ?

 あの日のことを疑うわけでも信じないわけでもない。あまりにも突然過ぎて、戸惑っているのかもしれない。
 月森から向けられた想いが、本当に俺に向かっているのか。
 実際、月森のヴァイオリンの音色を聴けばそれは確かなことなのに、自信のない俺もいる。
 悔しいとか淋しいとか、らしくないとは思っていてもこの数日間で俺は何度もそんな気持ちに陥っている。
 それは月森に逢えないからで、そう思うってことは月森に逢いたいって思っているってことだ。
 こんなにも、俺は囚われているってことか。
 その音色ばかりが耳に届いて、月森本人がいない。気持ちばかりで、実感がない。
 声を聴いていない。話をしていない。逢っていない。
 いや、考えてみれば、あの日から俺達は逢えなかった訳ではない。月森の音色は月森の居場所を教えてくれていた。
 俺達は逢おうと思えばいくらでも逢うことはできたのだ。
 逢いに行かなかった、逢いに来なかった。
 俺が、逢いに行かなかったからか。
 月森が、逢いに来なかったからか。
 逢いに、来てほしい、とか?
 それって、もしかして。