TeaParty ~紅茶のお茶会~

『音色のお茶会』

想いが重なるとき4

 二人の想いは平行線。
 行き先を見つめる者と。
 行き先から背を向けるものと。
 その想いは、いつ…。



 練習室に月森のヴァイオリンの音だけが静かに響いていた。
 今日、この曲を弾くのは、何回目だろうか。
 何度弾いても納得がいかなくて、月森はため息混じりにヴァイオリンを置いた。
 音色に想いを乗せることは月森の良しとする弾き方ではなかったけれど、この想いは否定できない。
 だから音に安定感がなく、綺麗な音にならない。
 弾きたい音と、求める音と、今の自分が奏でる音。
「堂々巡りだ」
 頭を冷やそうと、月森は窓を開けた。
 少し強めの風が、練習室の中に吸い込まれるように流れた。
 その風は月森の中にもしみこむように流れ込み、もやもやとした気持ちを包み込む。
 練習室の前に植えられた木々から、ざわざわと葉を揺らす音が聞こえた。
 そして、かすかにいろいろな楽器の音色も聞こえてくる。
 月森は無意識に耳を澄まし、ピアノの音色を探していた。
 練習室の予約表に名前がないことは確認済みだったので聴こえてくるはずはないとわかっていた。
 それでも、あの音色を求める自分がいる。
「好きになるような音色ではなかったはずなのにな」
 自分とは全然違ったから。それを受け入れる余裕がなかったから。
 もう一度耳を澄まそうと目をつぶった時、強いピアノの音が月森の耳に届いた。
 あまり大きな音ではなかったけれど、それはたたきつけるような音で、曲の中で出すようなものではなかった。
 さっきまでピアノの音は聞こえなかったのだから、窓が閉まっている練習室から聴こえたということになる。
「ピアノの練習者もいたんだな…」
 つぶやいて、月森はヴァイオリンを置いた机まで戻った。
 聴こえないピアノの音を探しても仕方がない。
「もう一度あのピアノの音色と合わせられたら…」
 想いを込めて、そっとヴァイオリンを持ち上げたその時。
「―――っ!」
 開けた窓から、あの日、屋上で聞いたピアノの音色が流れてきた。
 聞き覚えのある音色よりまた更に心に響くような、それは月森が求めていたピアノの音色だった。
 間違うはずはない、この音色は…。
「土浦…」
 月森はヴァイオリンを構えると、ひとつ、小さく深呼吸をした。
 弾き始めるタイミングを計る。
 急がず、彼の人の音色を心に刻むように。
 あの日、合わさってきたピアノの音色に、今日はヴァイオリンを合わせよう。
 月森はピアノに合わせてヴァイオリンの弦に弓をすべらせた。
 あの日と同じ、いや、それ以上の音色が音楽室に響き渡った。

 ふいに、頭の中のヴァイオリンの音色が大きくなって土浦は驚いた。
 思い出す音色以上にはっきりと、ヴァイオリンの音色が耳から聴こえることに気付く。
 それは開けた窓から風に乗って聴こえてきていた。
「あの日と、同じ…」
 その音はさらに技術力を増したかのように深い音色で、土浦の心に深く響き渡った。
 それでも間違うはずがない、この音色は…。
「月森…」
 土浦は、ヴァイオリンに合わせようと耳を澄ました。
 ヴァイオリンの音色にピアノの音色が重なっていることがすごく心地よかった。
 もやもやとした気持ちはなかった。迷いもなかった。
 今はただ、この演奏に集中したい。土浦はそう思った。
 二つの音色は綺麗に重なり、優しく、暖かく、それぞれの練習室に響き渡った。
 外へと繋がる小さな窓だけが、二人の音色を繋いでいた。
 少し離れたそれぞれの練習室で、二人は心に想いを抱えたまま、その演奏を続けていた。
 そして曲が終わり、練習室に余韻が残る。