『音色のお茶会』
「気づいて」(ボツにした後日話)
森の広場で譜読みをしていると、数人の女子が話しながら側のベンチに腰掛けた。かしましいそのおしゃべりにうんざりして場所を変えようとしたタイミングで気になる名前が出て、俺は無意識に耳をそばだてていた。
「土浦君って話してみると意外に気さくだよね」
「そうそう。案外、優しいしね~」
「私たちが声かけると軽く睨んでくるからもっと怖い人かと思ってたけど…」
「でも、睨み顔と笑顔のギャップもいいよね!」
「それに!ピアノ弾いてるところとか、ホントかっこよくて!」
「超かっこいいよね~!」
「この前、演奏会頑張ってって言ったら、ありがとうって笑ってくれたの」
「え、ずるい!それ抜け駆け!」
「だって、土浦君のこと好きだもん」
好き、という言葉を聞いた瞬間、そばだてていたはずの耳がその会話をこれ以上聞くことを拒んだ。俺は楽譜をカバンにしまう時間すらここに居たくなくて、楽譜を手にしたまま早足にその場を後にした。
その女子の声には聞き覚えがある。土浦に頑張ってと言ったその現場に、俺も居たからだ。
あのとき、とても嫌な感じがした。頑張ってと言いながら土浦を見つめる視線は俺にも記憶のあるもので(さすがに何度も告白されていればそれくらいわかるようにもなる)、ありがとうと返事をした土浦の笑顔はあまりにも無防備過ぎた(俺にさえやっと見せてくれるようになったばかりだというのに)。
だからあのとき、必要以上の笑顔には気を付けろと言ったのに、何を言っているんだと笑うだけで(その笑顔もまた、くらりとしそうなほど魅力的なもので)土浦は聞く耳を持ってはくれなかった。
土浦は俺のことを恋愛感情に疎いと言い、俺自身も自覚はあるが、土浦は疎い上にそのことを自覚していない。一方的に向けられる好意を鬱陶しいと思う俺と違い、土浦は好意そのものに気付かず誤解してさえいる。
少し(いや、かなり)強引に俺の気持ちを土浦に向けて恋人同士になったという自覚があるからこそ、女子特有の恋愛にかけるパワーに土浦が圧されてしまうのではと危惧してしまう。
好意に気付かないままならそれはそれでいいかもしれないが、気付いて何かあったらと思うと気が気でない。別に土浦を信じていないわけではないが、好きだからこそ心配なのだと素直に気持ちを伝えることは悪いことではないだろう。
こんなにも俺がやきもきしていることに土浦は気付かない。きっと気持ちを伝えたところでまた笑われるだけでとりあってはくれないだろう。
そんな風に俺を翻弄するところまで好きだとか、君は一体なんなんだ。
土浦の笑顔を思い浮かべながら、会ったらまず何を言おうと考える。危機感を持ってくれ? 女子には近付かないでくれ? それとも…。
他人の気持ちなんてどうでもいいから、俺の気持ちには気付いて欲しいと、俺は切に思った。
2014.7
拍手第21弾その3のボツ話。
書き直したお話に流用部があるので正確な後日談ではないですが…。
そしてやっぱり、この更に後が気になりますよね(いつもいいトコ切りなので)
拍手第21弾その3のボツ話。
書き直したお話に流用部があるので正確な後日談ではないですが…。
そしてやっぱり、この更に後が気になりますよね(いつもいいトコ切りなので)