TeaParty ~紅茶のお茶会~

『音色のお茶会』

「赤いネクタイ」

 今年も衣替えの季節がやってきた。
 ジャケットを脱ぎ、シャツを長袖から半袖に変えるとぐっと軽くなるのが少しだけ心許ないが、すぐに慣れてしまうことも経験上わかっている。
 通学途中で見かける人々の大半の服装が多少の違いはあれど似たようなものになるからこそ、その多少の違いがやけに目につくのだと、俺は少し離れたところにある赤いネクタイを見ながらそう思った。
 音楽科の冬服では着用していたアスコットタイは夏服では着用しない。だが、普通科の制服は冬でも夏でもネクタイを着用している。それが学年を表すためのものであるのと、アスコットタイの代わりに学年を表すカラーのラインがシャツに入った音楽科の制服との違いを示すためのものとなっているからだろう。
 暑い夏にネクタイは大変だなと、緩められていないきっちりとしたその結び目を見ながらそう思った。
 だが、自分の場合でも緩めて着けることは考えられず、制服を着崩していないのは好ましいと思う。
「土浦、おはよう」
 そう思ったら声を掛けずにはいられず、俺は少し離れた場所を歩いていたその赤いネクタイの持ち主の傍へと歩を進めていた。
「あぁ、おはよう」
 急に声を掛けられたからだけではなさそうな驚き顔を俺に向けた土浦は、何か珍しいものでも見るような目で俺の何かを凝視していた。
 その視線は顔より少し下に向けられていて、久し振りに着た夏服に何か不備でもあっただろうかと、俺の視線も自然と下したが、特に変なところは見当たらなかった。
「何かおかしいだろうか」
「あ、いや、そうじゃなくて。月森の夏服、初めて見たからさ。ちょっと珍しいっていうか、予想外っていうか…」
 パッと視線を逸らした土浦は、しどろもどろに言葉を続けた。
「あぁ。音楽科の制服は冬と夏でだいぶ印象が違うからな。だが、予想外といえば、君も予想外だ」
 言いながら、さっきも遠くから見ていたネクタイの結び目にもう一度、視線が吸い寄せられる。なんとなく性格的に自分と正反対だから、ネクタイを緩めて着けるイメージだと勝手に思い込んでいたが、そういえば、冬服のときから放課後の練習中でも、あまり緩められることがなかったなと思い出す。
「予想外?」
 さっきの俺と同じように、土浦の視線も俺の視線を追って下がってくる。俺は自分の視線を示すように、ネクタイの結び目に指を乗せた。
「いつもきっちりと締めている」
 視線を顔へと戻せば、下がっていた土浦の視線も少し遅れて戻り、そして目が合った。
「・・・なっ、」
 数秒の沈黙の後、驚いたように声を上げ、ネクタイを掴んで一歩下がった土浦の顔はネクタイの赤にも負けないくらい赤く染まっていった。
「着崩していないのは好ましい」
 さっき思ったことをそのまま口に出せば、なんだか妙に愛しいと思えてくるから不思議だ。
「別に朝だし、なんか落ち着かないし、別に深い意味があるってわけじゃなくて、だから…」
 別に顔にかかるわけでもないのに前髪をかきあげながらそこまで一気にしゃべって、土浦は急に黙って俯いてしまった。
「だから?」
「…いや。なんでもない」
 続きが気になって先を促したが、所在無げに下ろされた手とともに更に俯き、短い一言が返されただけだった。
 土浦との会話はいつも些細なことで躓くことが多く、だから急な沈黙もあまり気にならないまま歩いていればそのまま学院に着いてしまった。
「じゃあ…」
「あぁ」
 校舎が違うため短い挨拶で分かれ教室に向かうその途中、俺は不意に自分の行動と言葉の意味に気付いた。俺が好ましいと思ったのはきちんと締められたネクタイではなくて土浦自身だ。
 好ましいと思った。だから触れたいと思った。土浦に、土浦のきちんと締められたネクタイに。
 そして今、その結び目をこの手で解いてみたいと思っているのだと気付いて俺は驚いた。
 赤いネクタイ、白いシャツ、袖から覗く健康そうな二の腕。思い出す土浦の姿に、俺は今まで誰にも感じたことのない熱い衝動が込み上げてきて、茫然とその場に立ち尽くした。
 次に土浦に会ったとき、俺は冷静に対応することが出来るだろうか。
 俺は高鳴る心音を持て余しながら、とりあえずその場を動くために一歩を踏み出した。この一歩が、俺にとって何か別の一歩になればいいと、心のどこかで願いながら。



2014.9 拍手第21弾その1。
夏服の土浦に対する月森の感想

無意識万歳(笑)
月森君は無意識に土浦君のことを好きでいればいいと思います。