TeaParty ~紅茶のお茶会~

『音色のお茶会』

「key」

「土浦、これを君に…」
 そう言って月森から差し出されたものは、ひとつの鍵だった。

 あれは月森がウィーンへ旅立つ前日。
 準備に追われて忙しくしていたらしい月森と久し振りにゆっくりと会ったときのことだった。
「君に、持っていてほしい」
 そう言って差し出された鍵には見覚えがある。
「それって、ピアノの鍵だよな」
 メーカーが違うからデザインが少し違うが、とてもシンプルなその形の鍵を俺も持っている。
「あぁ。俺の部屋にあるアップライトピアノのものだ」
 月森はあっさりと答えたが、本当に聞きたいことはそんなことではなかった。
「それを、どうして俺に?」
 その鍵が、どういう意味を持って差し出されているのかわからない。
「どうしても君に、土浦に持っていてほしいんだ」
 月森の目は真剣で、ただ単に預かっていてほしいというわけではなさそうだということはわかる。
「持っててほしいって、またなんでピアノの鍵を…」
 別に持っていること自体は構わないのだが、どうにも腑に落ちなくて受け取ることができない。
「ピアノの鍵でなければいけないというわけではないんだ。だが、これが一番だと思った」
 月森は手の上に乗せられた鍵を見つめ、その表情をやわらかいものへと変えた。
「鍵には解き放つ力があると聞いて、これから新たな道へと進む土浦に渡したいと思ったんだ」
 そう言いながら、あまり見たことのない笑みを見せられて鼓動が高まった。
「新たな道って、それは月森も同じだろう」
 むしろ、ようやく将来が見えてきた俺よりも、これから留学する月森にこそ相応しいのではないだろうか。
「俺はただ、俺の持っているものが少しでも土浦の力になれたらと、そう思っただけなんだ。それに…」
 少し困ったように月森の言葉が途切れ、鍵を持っていない反対の手が俺の手にそっと触れてきた。
「鍵にはもうひとつの力があって、俺はどちらかといえばその力を借りたいんだ」
 手を握られ、そして真っ直ぐで真剣な眼差しを向けられれば、鼓動は更に速くなった。
「もうひとつの力って、何だよ」
 そんな緊張や羞恥心を悟られまいとなんでもない風に聞けば、握ってくる手の力が更に増した。
「俺のわがままだから、気にしないでくれ」
 そして、どこか淋しそうな表情を向けられて、俺まで切ない気分になる。
「俺に持っていてほしいって言うなら、わがままでも何でもいいから言えよ」
 いつだって自分の力を信じ、物に頼るような月森ではないから、違う態度をとられると不安になる。
「訳がわかんないまま、いなくなるなよ」
 そう叫んだ途端、空いた手も取られ、手のひらから月森の体温と鍵の冷たさが伝わってきた。
「もうひとつの力は、繋ぎとめる力。俺は君の心を、繋ぎとめておきたい」
 ぎゅっと両手が握られ、そして鍵のない手が離れ、今度はぎゅっと抱き締められた。
「だからこの鍵を、持っていてほしい」
 耳元で囁くようなその声に、俺は月森にしか開くことの出来ない鍵を掛けられたような錯覚を覚えた。
「わかった。俺はこの鍵を、月森を繋ぎとめるための鍵だと思って持ってることにする」
 二人の手のひらに挟まれていた鍵を、俺は自分の手のひらだけで握り締める。
「返せって言っても、絶対に返してやらないからな」
 俺もぎゅっと抱き締め返し、そして月森にも俺にしか開けられない鍵を掛けた。

 あの日、月森から貰った鍵は、それからずっと俺の手元にある。



2011.2
拍手第11段その4。
key(鍵)

鍵の持つこのふたつの力を見た瞬間に、
これはLRで話が書ける!!とか思いました。
合鍵話もちょっと捨てがたかったのですけどね。