『峠のお茶会』
「その香りに包まれて」
FCは、ゆっくりとその建物の中に入っていった。涼介さんと、まさか入ることになるとは思ってもいなかったのだけど。
だけどオレは今、涼介さんと二人きりだ。
ずっと好きだった人。ずっと憧れていた人。ずっと、逢いたくて逢いたくて仕方なかった人。
そして。その想いが同じだったとさっき知ったばかりの人。
告白も、キスも、ついさっきだったのに・・。
だけど、そんな事、今は関係ない。
オレと涼介さんの、その気持ちが全てだから・・。
「拓海・・」
オレの名前を呼ぶ涼介さんの声は、それだけでドキドキしてしまう。
「涼介さん、好きです・・」
それは、オレからの、初めての告白。
たったそれだけの事なのに、心臓が痛いくらいに感じる。
ぎゅっと抱きしめられて、涼介さんを感じる。
そのぬくもりも、その腕の強さも、その匂いも。何もかも、今まで感じたことのない涼介さんの全て。
その全てを、まだ感じたことのない全てを、オレはこれから感じるんだ。
怖い訳でも逃げたい訳でもないけれど、身体が震えるのは止められなかった。
シャワーを浴びる時間、それを待つ時間。
長いような、なんともいえない緊張が走るような、そんな初めての感情に支配される。
何も考えられなくて、オレは涼介さんの後ろ姿が消えたその扉をずっと見つめていた。
「涼介さん・・」
その扉が開き、そこに涼介さんの姿をやっと見た時、オレは思わずその名を呼んでしまった。
「拓海。無理してないか?」
そんなオレに掛けられたのは、心配そうな涼介さんの声で、オレはそれまで以上に不安になった。
「そんな事、ないです。そんな事・・」
そう言った声が、震えているのが自分でも分かる。
「無理はして欲しくないんだ」
動けなくてそのままだったオレのちょうど一歩分離れたその場所に涼介さんは立っていた。
「無理は、してないです。ただ、不安なんです。ホントに、オレ、涼介さん、ホントにオレで良いんですか?」
いろいろな感情がオレの中をぐるぐると駆け巡る。
不安で、やっぱり怖くて、緊張して・・。だけどその最後に辿り着くのは“好き”という気持ちで、オレはその気持ちをうまく表せなくて。
ほんの少しだけ離れたその距離が、オレをさらに不安にさせていた。
「拓海・・」
呼ばれて、オレは急にその腕の中にぎゅっと抱きしめられていた。
「好きだよ。拓海だけを、愛している」
オレの心に、しっかりとその言葉は届いた。もう怖れるものなんて何もない。
好き。好き。オレも、愛してる・・!
オレは涼介さんにぎゅっとしがみついた。
涼介さんが最初に触れたのは目。
いろんな感情が入り混じって自然とあふれてきた涙に、涼介さんの唇が触れた。
「あっ」
初めてのその感触は、思ってもみなかった気持ちにさせた。
「怖い?」
そっと触れるだけの口付けの後、優しい、そして心配そうな涼介さんの表情が目の前にあった。
「聞かないで下さい。オレを、不安にさせないで・・」
オレは自分の気持ちを隠すようにぎゅっとしがみついた。今は、好きだと想うその気持ちだけを感じていたい。それ以外は、感じたくないから・・。
「好きだよ・・」
深い、深い口付け・・。
もう、何も考えられない・・。
唇と少し冷たい指が触れるその感触に、オレは感じ入ってしまっていた。
「ああぁん・・・・・・っん、あぁん・・っあ・・」
止められない声と、止められない反応と。
今までに感じたことのないその感覚にオレは翻弄されていた。
「涼介さぁん・・」
流されそうなその感情がなんだか怖くて、オレはぎゅっと涼介さんの手を握り締めた。
涼介さんをちゃんと感じていたい。流されそうな意識の中で、オレは涼介さんを求めていた。
「拓海・・」
オレの名を呼ぶ涼介さんの声は、それだけでなんだか安心する。
飛んで行ってしまいそうなその意識を、オレは涼介さんの手を握ることでやり過ごしていた。
涼介さんの唇は、オレの身体の至る所に触れていった。
「・・ぅんっ、・・っつぅ」
触れるその度に小さな痛みを感じ、オレはその度ひっきりなしに声を上げていた。
「・・!だめぇ・・」
涼介さんの唇がオレ自身に触れ、オレは叫ぶように声を上げてしまった。
身体中に触れられていたけど、だけどまさかそこは・・。
「ああぁ・・んっ・・」
けれどまるで支配されているかのような感覚は、快楽を求めて感じることしか出来ない。
「やぁ、だめぇ・・」
昇り詰めるだけの快楽は、オレに限界を感じさせていた。
「もう、りょうすけさぁん、だめだよぉ」
とたん、オレの中を走り抜けた激しい快楽。
一瞬にして、目の前は真っ白になった。
優しい口付けに答え、けれどオレは瞬間、思い出してしまった。
「・・・・・・//////」
恥ずかしくて恥ずかしくて仕方がない。
何もかも、今思い出せることは恥ずかしかったと思うそのことばかりで、涼介さんの顔をまともに見ることが出来なかった。
つないだまま、なんとなく離しがたい右手はそのままに、オレは左腕で顔を隠した。
「顔、隠さないで?」
耳元でささやく涼介さんの声に、オレはさらに恥ずかしくなった。
声だけで、感じてしまう・・。
「ダメって、言ったのに・・」
そう言って、だけど自分の言葉にまた恥ずかしくなってしまう。
「嫌だった?」
オレの髪を撫でるように触れてくる涼介さんの声はどこまでも限りなく優しくて、オレはなんだか涙が出そうになってしまう。
嫌だった訳ではなかったけど、だからこそ恥ずかしくて仕方がない。
「・・」
声に出して返事が出来なくて、オレは小さく首を横に振った。
「それなら、良かった」
ああ、だからそんな風に言わないで下さい・・。
オレは恥ずかしくて困ってしまって、それなのに嬉しいとも思ってしまって、さっきは我慢出来た涙がとうとうあふれてしまった。
「拓海・・」
さっき触れられた、その優しさ以上に優しい涼介さんの唇に、オレはあふれてくる涙を止めることが出来なかった。
すごく情けない。情けなくてたまらないのに、涼介さんの優しさにオレは甘えている。
「涼介さん・・」
オレはそっと、自分からその唇に口付けた。触れることがオレの精一杯だったけれど・・。
「もっと、涼介さんを感じさせてください・・」
そしてそれが、オレの精一杯の気持ち。オレの、心からの・・。
怖いという感情と、どうなるのだろうという不安と、それでも揺るぎない安心感と。
オレはいくつもの感情に翻弄されながら、また快楽の渦に巻き込まれていた。
さっきオレが感じた所を涼介さんはひとつ残らず触れて来て、オレはさっき以上に敏感な反応を返していた。
「・・あっ」
たまに、まるで掠めるように涼介さんはさっきは触れなかったそこに触れていく。その度、オレはどうしても声を上げてしまう。
そこが、涼介さんを一番に感じる場所だとオレは思った。分かっていても、気持ちは着いていっても、身体が着いていかない。
「・・ぁ・・ふぅん・・」
気持ちより先に、身体が着いていってしまうよりはいいかも・・。
心で感じたいから。身体以上に、心で感じたいと思うから。
オレは、もうどうすることも出来なくて、感じるままに声を上げていた。
「・・あっ、あぁ!」
そんな中、掠めるだけだった指ではない別の感触をそこに感じ、オレはびっくりしたその気持ちそのままに声を上げてしまった。
今までと比べ物にならないようなそのなんともいえない感覚。
真っ白になる・・オレの意識は、真っ白に・・。
「なっ!!ああっ」
その意識は、わずかな痛みと異物感で急に戻った。
「・・っ、涼介さん、涼介さんっ」
オレは、なんだか分からないその感覚が不安で、ただただ涼介さんの名前を呼んでいた。それしか、思い付かなかった。
「拓海、拓海・・」
呼ぶだけ返されるオレの名をささやくその声に、オレはとても安心していた。
大丈夫。怖くなんかない、大丈夫・・。
そうして落ち着いてみるとその痛みの原因がなんだか分かった。それはそれで恥ずかしさが込み上げてくるのだけど・・。
オレはひとつ大きく息を吐いて、涼介さんの指がもたらすその感覚に身を委ねた。
「・・ぁ・・」
増えた指にまた少しの痛みを感じたけれど、そのすぐ後にまったく違う感覚が走り抜けた。
言葉になんか表せないような、今までに一回も感じたことのないような、激しすぎる快楽。
声よりも、身体の方が先に反応してしまい、オレは自分で戸惑ってしまった。
「ここ?」
まるで確かめるような涼介さんの声を聞いた直後、オレはその激しい感覚に再度襲われた。
「ああー!」
身体だけが先に捕われていくような、そんな感じ。
意識が真っ白になるなんて、そんな優しいものじゃない。
「あぁ、あっ、ああん、あっ・・」
もう、オレ、どうなっちゃうの・・?
快楽だけを追い求めたその瞬間、急に開放感のようなものがオレを襲った。
「え・・?」
だけどそれはなんだか物足りなさがあって・・。
「拓海・・」
なんだかよく分からないまま、聞こえた涼介さんの声にオレは身体の力を自然に抜いていた。
「・・っ!」
そして次の瞬間、オレは突き抜けるような激しさを身体中に感じた。
感情が着いていかない。身体も着いていかない・・。
ただ、痛みと、そしてそれを超える快楽が同時に襲ってきたことだけは分かった。
「ああぁっ」
ゆっくりと感じたその熱さで、オレはやっと自分が涼介さんを受け入れたことを知った。
「りょう、すけ、さ、ん・・」
なんだかすごくいろいろな感情が襲ってきて、だけどなんだか嬉しくて、オレは涼介さんにぎゅっとしがみついた。
心も身体も、今は全てで涼介さんを感じている。涼介さんの熱さを、感じている・・!
「涼介さん・・」
感じた衝撃にだいぶ慣れたオレは、涼介さんの背中に回した腕に力を込めた。
力はそんなに入らなかったけれど、だけど熱さもぬくもりも、感じることができる。
「拓海、大丈夫か?」
心配そうな涼介さんの声が耳に届く。顔は見えないけれど、なんとなく予想が出来てオレは小さく笑った。
「すごく、涼介さんのこと、感じてますよ」
恥ずかしかったけれど、それよりも何よりも今、嬉しいと思うほうが勝っている。
初めてなのに、けど、初めてだからこそオレは今、涼介さんを感じられたことをすごく嬉しいと思っているんだ。
ずっと好きだったから。ずっと、ずっと、涼介さんのこと・・。
「好き・・」
真っ直ぐに涼介さんを見つめて、真っ直ぐにオレの気持ちを伝えて。
「・・あっ・・」
動き出した涼介さんに、オレの意識はまた快楽の中へと落ちていった。
「愛してるよ、拓海・・」
オレが憶えているのは、涼介さんの、その言葉・・。
甘い・・。
ふわふわと漂う意識の中、甘い香りがオレの鼻をくすぐった。
「あまい・・」
くん、と鼻を鳴らせば、それは石鹸の香り。
でも、何で・・?
ふわふわと浮上するような意識の中、オレはそんなことを考えていた。
やけに暖かくて、気持ちよくて、心地よくて。
気が付けば目の前に、涼介さんがいる。
オレは涼介さんの顔を、ぼんやりと見つめていた。
また、夢でも見てるのかな・・。オレは、涼介さんを探し出せたのかな・・。
そう思ってそっと両手を伸ばしてみる。
「拓海・・気が付いた?」
その手が涼介さんの首に回された瞬間、優しい笑顔とともに優しい声がオレに向けられる。
「涼介さん・・」
なんか、すごいリアルな夢・・。
オレはなんだかもったいなくて、ずっと涼介さんを見つめていた。
「拓海」
そしてゆっくりと近付く涼介さんの顔。そして触れる、唇・・。
「・・ん・・・・」
触れた時と同じ優しさでゆっくりと離れていくその感触を追うかのように、オレの意識は急に完全な覚醒を始めた。
「・・え、って、え?・・あっ」
気付いて、オレは急に恥ずかしくなってしがみつくように顔を隠した。
「拓海?・・もしかして寝ぼけてた?」
聞こえた涼介さんのその言葉に、さらに恥ずかしさが増した。
プルプルと、おもわず首を振ってしまう。本当は寝ぼけていたんだけど、だけど恥ずかしくってそんなこと言えない・・。
「愛してるよ、拓海」
そして、オレの記憶の中にある、一番心に刻み込まれていた言葉を耳元でささやかれ、心臓が壊れてしまうのではないかと思った。
「あ、あの・・」
ゆっくりと顔を上げ、そして目に入ったのは優しくオレを見つめてくれる涼介さんの瞳。
ああ、この眼はオレだけを見てくれているんだ。
そう思うと嬉しくて幸せで、心がぽわっと暖かくなって、恥ずかしさなんかどっかに行ってしまう。
「オレも、愛してますよ」
ぎゅっと抱きついて、そしてじっと顔を見つめ、ねだるようにちょっと首を傾げてみる。
涼介さんは微笑んで、オレにそっと口付けをくれた。
好き・・。ずっと、ずっと・・。想いを込めて、オレはもう一度しがみついた。
「拓海、甘い匂いがする」
くん、と、かぐような涼介さんの仕草とその言葉で、オレはさっきかいだ甘い匂いを思い出した。
「涼介さんも、甘い匂いしますよ」
オレも、同じ匂いなのかなぁ・・。そう思って自分の手をくんくん、とかいでみれば、同じ匂いがやっぱりする。
「一緒ですね・・」
なんだかそんなことが嬉しくて、オレはもう一度涼介さんにしがみついてその香りに顔をうずめた。
「そうだな・・」
くすっと、ちょっと微笑むような涼介さんの声を聞いて、オレはすごく幸せだった。
「なんか、眠い・・」
安心したせいか急に襲ってきた睡魔に、オレはそのまま意識を乗せていた。
「おやすみ、拓海」
ふうわりと鼻をくすぐる甘い香り。耳に届くのは優しい涼介さんの声。
すごく、幸せ・・。
もう一度きゅっとしがみついて、オレは眠りについた。
その香りに包まれて
2001.5.13