TeaParty ~紅茶のお茶会~

『峠のお茶会』

「忘れないで・・」

その言葉に音はなかったけれど。
『忘れないで・・』
その唇は確かにそう告げていた。

■  ■  ■


 自分のその叫び声でオレは目を覚ました。
 いや、違う。オレは声なんて出していない。ただ、唇を動かしただけ・・。
 天井を見つめたまま、夢の中のオレが叫ぼうとしていた言葉を思い返した。
「忘れないで、か」
 何でオレ、あんなこと言おうとしてたんだろう?
「・・・・」
 不安に、なってるとか・・?
「そんなことより配達、配達」
 一瞬考えたそのマイナスな気持ちを否定しながら、オレは部屋を出た。

 朝の配達に始まり、学校に行ってその後ガソリンスタンドでバイト。オレの一日はだいたい同じように過ぎて行く。
 今では日課の1つになってしまった豆腐の配達も別に嫌じゃなくなったし、逆に走っていないとなんだか不安になってくる。
 その配達の途中に思い出すのはバトルの事。少なくともバトルを知る前のオレは車の運転が嫌いだったと思うし、それは初めてバトルをした後も変わらなかった。
 オレは自分が速いなんて思った事ないし、勝てたのは地元で走り慣れてるからだと思ってる。だけど。オレは確実に運転を好きになり、楽しいと思うようになった。
 そして。速く走りたいと思う。今よりも、もっと。
 オレがそう思うきっかけをくれた人はたくさんいるのだけど、きっかけ以上の存在になった人もいる。
 オレの気持ちが惹かれてやまない人。その走りに特別なものを感じさせる人。走っている時も、普段の生活の中でも、思い出すだけで胸が痛くなってしまいそうな、心が休まるような、そんな人。
 チームのドライバーに誘われた事はすごく驚いた。
 好きだ、と言われた時は驚いて、信じられなくて、でもすごく嬉しかった。
 少しでも彼に近付きたくて、少しでも彼の夢の役に立ちたくて。逢えないその時間の中で、彼の中のオレが要らない存在にならないように。
 オレはもっと、もっと速く走れるようになりたい。
「涼介さん・・」
 声に出してその名を呼んでも、返事は返ってくるはずがない。
 逢いたいよ・・。
 オレは心の中でつぶやいた。

 バイト先から家までの道のりを歩いている途中、後ろから聞き覚えのあるエンジン音が聞こえてオレは振り返った。ゆっくりと、白い車がオレのすぐ横に止まった。
「涼介さん‥?」
 つぶやいて、でもまだその人の姿は見えなくてオレはその車を見つめたまま動けなくなってしまった。
「拓海」
 運転席から出てきたのは紛れもなく涼介さんで、オレは驚いてしまう。
「なんで…」
 忙しいというのは知っていた。ついこの前、久し振りの電話でそんな話をしたばかりだった。
「今日は予定以上に早く終わったからな」
 オレの疑問はすぐに涼介さんが答えてくれた。けれど自分の目の前に涼介さんがいる事がなんだかまだ信じられなくて、オレはぼーっとしたままその顔を見つめてしまう。
「拓海」
 そして、名前を呼ばれてはっとする。
 とたん、涼介さんの顔が本当に目の前にある事に気が付いて、オレは瞬間的に顔が熱くなったのを感じた。
「あ、あの‥」
 嬉しくて、驚いて、オレの思考はめちゃくちゃで、何をどう言っていいのか分からなくなってしまった。
「逢えて良かったよ」
 そう言って、目の前でふわりと微笑まれ、オレは本当に照れてしまう。
「オレ‥すごく逢たかった‥」
 何を考える訳でもなく、口は自然にその言葉をつぶやいていた。
「淋しい思いをさせたな‥」
 そんな涼介さんの言葉を聞いたあと、その腕に抱きしめられてしまった。
「涼介さん‥」
 そっと、涼介さんの背中に腕を回して、ぎゅっと服を握りしめた。
「このまま、さらって行ってもいいか?」
 涼介さんの腕が少しゆるんで、オレの顔をそっと上げさせられてしまう。
「あっ」
 その表情があまりにも真剣なもので、オレは思わず目をつぶってしまった。
「拓海‥」
 名前を呼ばれたと思った瞬間、涼介さんにキスされてオレの思考は完全にストップしてしまう。
「‥っ」
 それは触れるだけだったけれど、何だかすごく長く感じた。
「断られても、離す気はないがな」
 そっと、耳元でささやかれた言葉に、なんだかゾクッとしたものを背中に感じた。でもそれは、決して嫌なものじゃない。
「涼介さんの、好きにして下さい」
 そう言って、オレはもう一度涼介さんにしがみついた。

 配達の時間までにはちゃんと送るから‥。そう言われて連れてこられたのは高崎にある涼介さんの自宅ではなく、マンションだった。
「大学の方が忙しくなってきたから借りたんだ。まだ必要最小限の物しかないがな」
 そう説明されて初めて入ったその部屋は、なんだか居心地が悪い様に思えた。
 涼介さんの部屋に初めて上がった時とは大違いだ・・。あの時はなんだかすごく緊張していたけれど、それとは逆にホッとような、暖かいものも感じたのに。今はなんだか冷たい感じしかしない・・。
「どうした?」
 そんなオレの様子が気になったのだろう涼介さんに尋ねられ、でも言葉では説明できなくてオレは感じたままを思わず口に出していた。
「なんだか・・冷たい感じがします、この部屋」
 言いながら、なぜか今朝見た夢を思い出していた。
『忘れないで・・』
 オレが叫ぼうとしていたその言葉が頭の奥の奥の方で響き渡っているように思えた。
「冷たい感じ?」
 オレの言葉を繰り返してそう言った涼介さんの声に、オレは俯いたままだった顔を上げた。
「まだ、生活感がないからな」
 言いながら、涼介さんは部屋を見渡している。
 きちんと片付いたその部屋は確かに生活感がなく、置いてあるものも机とかベッドとかそういったものだけで、キッチンにいたっては、鍋も食器も何もなかった。
 ここで涼介さんは生活しているのだろうか。大学から近いというこの部屋で。いつから?とか、一人で?とか、なんだか余計な事まで考えてしまう。
 考えて、オレはなんだかすごく胸が痛かった。
「涼介さんが、なんだか遠く感じる・・」
 オレはもう一度俯いて、そうつぶやいた。
「拓海?」
 聞こえないようにつぶやいたはずのその言葉が涼介さんには聞こえてしまったのか、名前を呼ばれて顔を上げさせられてしまう。
「何を考えた?」
 そして、静かにそう聞かれた。
 目の前の涼介さんが、本当に遠く感じた。こんなに遠く感じたのは初めてで、なんだかすごく辛かった。
 何もかも、オレは涼介さんを知っている訳ではない。それは涼介さんも同じで、何もかもオレの事を知っている訳ではないはずだ。だけど、それがなんだかすごく悔しい。すごく、辛い。
「オレは、涼介さんの傍にいてもいいの?」
 そして。オレの考えが行き着いた先はそれだった。
 涼介さんには涼介さんの生活があって、オレにはオレの生活がある。忙しくて逢えなくて、そんなことは何でもないけど、逢えない時間に涼介さんの心が離れてしまったら・・そう思うと辛くて辛くて仕方がなかった。
「何を言い出すのかと思えば・・」
 そう言って涼介さんは困ったように笑っていた。
『忘れないで・・』
 夢の中のオレが何でそんな事を言おうとしていたのか、今なら分かる気がした。今のこの状況に不満がある訳でもなくて、ただ、ただなんとなく不安になっている。何で、どうしてオレなんだろうとか、今まで考えていなかった事が急に疑問になってしまったから。
 涼介さんを困らせたいわけじゃない。だけど不安でたまらない。
「好きでいて、いいの?」
 そんな事を考え、オレは俯いて聞こえないくらいの小さな声でつぶやいた。
「ずっと傍にいたくて、この部屋を借りたんだけどな」
 そっとその腕の中に抱きしめられ、オレは信じられない言葉を聞いたような気がした。
「え?だって大学が忙しいからって・・」
 オレはその言葉に、さっき聞かされた理由を思い出していた。
「それも理由の一つだが、二人っきりになれるところが欲しかったというのが一番の理由なんだぜ」
 ちょっと照れくさそうに言われて、オレは思わず涼介さんをみつめてしまった。
「それって・・」
 まさか、そんな事を言われるとは思っていなかったから、オレの思考はそれ以上働かなくなってしまった。
「いつ逢えるか分からない。次に逢う日も約束できない。だけど、少なくとも確実に二人で過ごせる部屋が欲しかったんだ。ずっと傍にいられない代わりに」
 涼介さんの目はすごく真剣だった。
「オレがここに、涼介さんに逢いに来てもいいって事?」
 この部屋が冷たいと思ったのは、生活感がないからだけじゃない。オレが入ってもいい空間だと思えなかったからだ。
「逢いに来て欲しい・・とはオレには言えないかも知れないな。この部屋にだって帰れるかどうか分からない状態だからな、今は」
 それでも、来たい時にいつ来てもいいよ。そう言った涼介さんの手がオレの手に乗せられた。
「これ・・」
 離れた涼介さんの手の変わりに、オレの手には小さな銀色の鍵がひとつ残っていた。
「拓海の、この部屋の鍵だ」
 涼介さんの両手が、オレの顔を優しく包みこんだ。
「オレの?」
 言葉が長く続かなかった。嬉しくて、なんだか信じられなくて、オレはそらすことの出来なくなった涼介さんの顔がぼやけてゆくのをそのまま見ていることしか出来なかった。
「拓海、泣かないでくれ」
 涼介さんの声だけが、やけに耳に響いて聞こえた。きっと困った顔をしているはずだ。分かっていてもどうする事も出来ない。
「涼介さんの、せいじゃないか・・」
 言われてもどうにもならない涙を止められない代わりに、オレはそう言って笑おうと一生懸命になった。
「オレ、こんなに嬉しいって思ったの、今までで2回目なんですから」
 それもうまくいかなくて、その顔を見せないよう、オレは涼介さんにしがみついて顔をうずめた。
「2回目?」
 涼介さんの声は、1回目は何?と尋ねているようにも聞こえた。
「秘密です」
 言葉だけ聞いたら会話になっていないその返事に、涼介さんが小さく笑ったのが分かった。
 教えてあげない。きっと、涼介さんには分かってしまうと思うから。だからオレから言うのは、ちょっぴり恥ずかしい。
「オレは、拓海が嬉しいと思ってくれたことが嬉しいよ」
 きゅっと抱きしめられ、涼介さんにそう言われて、オレはすごく幸せだった。
「この部屋に、また来てくれるか?」
 小さく、涼介さんにしてはめずらしく不安げな、そんな声が真っ直ぐとオレの耳に届いた。
「それはオレのセリフです・・。さっき、言ったじゃないですか・・」
 逢えないかもしれなくても、ただ二人が共有できる空間があるというだけで、それだけでも身近に感じることが出来る。それがすごく嬉しかった。
「本当は、いつでも傍に居て欲しいんだ。離れている時、オレがどんな想いをしてるか分かるか?」
 涼介さんの腕に力がこもって、オレはさらに抱きしめられていた。心が痛くなるような、それは涼介さんの想いだった。
「オレも・・ずっと傍に居たい。このまま、ずっと・・」
 出来ないと分かっている望みを、だけど言わずにはいられないその想いを、オレも抱きしめ返しながら伝えた。今だけ、今だけはわがままを言いたい。
「拓海」
 ぎゅっと抱きしめてくる腕を感じ、オレもぎゅっと抱きしめ返し・・。そして自然にお互い見つめ合っていた。いつもなら、こんな間近で涼介さんの顔を見たら恥ずかしくてたまらないのに、今はいつまでも見つめていたい位、目が離せなかった。
「涼介さん・・・・ぅん・・」
 その、名前を呼んだのがきっかけになったかのように涼介さんの唇がオレに触れた。
 傍に居たい、ずっと傍に居たい、離れたくない、決して、離れたくない・・!
 想いが溢れ出し、オレは夢中で涼介さんの口付けに答えていた。

 あつい、と思った。
 身体も心も、熱くて、篤くて、オレはどろどろに溶けていくようなそんな気がした。
「拓海・・」
 ささやかれる自分の名前が心地よい。
「あぁ、・・っん」
 頭のてっぺんから足のつま先まで、全てが涼介さんを感じている。だけどもっと、もっと感じたくてしがみつく。
「涼介さん、もぅ・・あん」
 与えられる快楽がなんだかゆっくりで、少しだけもどかしい。
 追い上げられて、だけど頂上はまだ遠くて・・。
「あぁ・・っふぅ・・ん、ぁあ・・」
 止めようと思っても止められない声だけがひっきりなしに上がってしまう。
「も・・・・やぁ・・」
 もどかしくて、辛くて、ぎゅっとしがみつく。
「イキたい?それとも、欲しい?」
 ささやかくような少し掠れた涼介さんの声が耳元で聞こえた。
「あんっ」
 それだけで、オレは感じてしまう。
「拓海、どっち?」
 声とともに聞こえたのは”くちゅ”という濡れた音。そして耳に感じる柔らかな感触。
「やあぁ」
 瞬間、思考回路が真っ白になったような気がした。
「涼介さん、涼介さん・・」
 ぞくりとするような快楽が背中を突き抜けていく。
「イキたい?」
 言葉と同時にオレ自身が捕らえられた。
「欲しい?」
 そして最奥にほんの少しの痛みと、涼介さんの指を感じた。
「あーーーっ」
 同時に与えられたその刺激にオレの快楽は一気に上り詰めそうになる。
「は・・あぁ、っん・・・・ああん・・あっ」
 胸にも涼介さんの唇を感じ、その快楽はとめどなくオレを追い立てた。
「ああ、もう、もぅ・・・・涼介さぁん」
 どうしようもないその感覚にオレは涼介さんの髪に自分の指を絡めた。
 だけどオレに触れる指も唇も、最後の刺激は与えてくれなくて・・。
「涼、すけ、さ・・ぁ」
 途切れ途切れにその名を呼んで、見上げるような涼介さんの唇に触れた。
「ふぅん」
 差し入れられた涼介さんの舌に自分のそれを求めるように絡めた。
 その深い深い口付けが別の行為を思い浮かばせて、オレは無意識に自分の中の涼介さんの指をぎゅっと締め付けてしまった。
 もっと、もっと。涼介さんが・・。
「欲しい・・」
 口付けの、その合間にオレは小さくつぶやいて絡めた舌をそっと吸った。
「拓海・・」
 ゆっくりと引き抜かれた指の替わりに涼介さんがそこに触れる。
 体中に、しびれるような感覚が走り抜けた。
「ああっ」
 身体の中も外も、全てが涼介さんで満たされているという幸福感。
 上り詰める意識は、涼介さんの激しい口付けの中でさらに靄がかかる。
「ああぁ・・ん、・・ぁ・・・・・・あぁっん」
 求めても、求めても、まだ足りなくて・・。
「も、・・・・・っと・・」
 涼介さんを感じて、涼介さんにしがみついて、さらに涼介さんを感じたい。
 もっと、もっと、もっと・・。
「拓海・・」
 呼ばれて、口付けで答える。
「一緒に、行こう」
 つぶやくように、ささやくように、耳元に聞こえる涼介さんの声。それすらも、感じる対象になってしまう。
「いっ、っ・・・・しょ、いっ・・・・あっん」
 言葉が、うまくつむげない。声だけが、上がってしまう。 
「拓海っ」
「ああ!」
 そして、激しい快楽とともに涼介さんの熱さをいっぱいに感じていた。

 包み込まれるようなぬくもりに身を寄せて、オレは目を閉じた。
「拓海・・」
 呼ばれて、おでこに涼介さんの唇を感じる。
「涼介さん・・」
 だけどなんとなく物足りなくて、オレは見上げるように涼介さんを見つめた。
”ちゅっ”
 そんな音がするような、触れただけのキスをされて、オレは急に恥ずかしくなった。
「りょ、涼介さんっ」
 無意識に見つめてしまった事も、それがキスを求めてだという事も、そしてそれが涼介さんにばれてしまっていたという事も、何もかもが恥ずかしくて仕方ない。
 オレは、真っ赤になった顔を隠したくて思わず俯いてしまった。
「どうした?」
 分かっていてそんな風に声を掛けてくる涼介さんの声は、だから少し笑っていて余計に恥ずかしくなる。
「う゛~~~~」
 思わず唸ってからオレは顔を上げた。目の前には笑った顔の涼介さんがいて、その余裕の表情がなんだか悔しくってちょっぴりにらむように涼介さんを見上げた。こんな状態ではなんの効果もないのは分かってる。そして涼介さんを余計に楽しませてしまう事だって分かっているのに。
「ごめん」
 そう言って微笑んで、そして触れてくる唇はやっぱり優しくて、なんかうまく丸め込まれたかも・・と思いはするものの、でも嬉しいって思ってる自分もいるから仕方ないかなって考える。
 赤くなっている顔をやっぱり隠したくて俯いて、オレは涼介さんの胸に顔をうずめた。涼介さんの手が、オレの髪を優しく撫ぜてくれるのが心地よかった。
「そういえばオレ、夢、見たんです」
 そんな中、オレは急に今朝見た夢を思い出した。なんとなく涼介さんに聞いて欲しくてオレは話し始めていた。
「どんな夢?」
 聞き返して来る涼介さんの声は、本当に優しい。
「忘れないでって、オレが言うんです。それだけなんですけど・・」
 実際には声に出していなかったけど、夢の中のオレは、叫んでいてもおかしくない感じだった。オレが叫んだと思って起きてしまう位に・・。
「それはオレへのセリフ?」
 涼介さんに上げさせられてしまった顔のせいで合ってしまった涼介さんの視線は、真っ直ぐに、そして真剣にオレを見ていて、なんだかすごく緊張してしまった。
「え、あの・・。夢の中では・・そうでした」
 あの時、少し不安に思っていたのは本当の事。そして忘れられたくないって思ってるのは、夢も今も同じなのかもしれない。
「オレが、忘れる訳ないだろう」
 そう言った涼介さんの、強い腕の中へと抱きしめられた。
「逢えなくて、淋しくて、オレ、少し不安になってたんです」
 そっと背中に腕を回して抱きしめた。
「だから夢の中のオレが何でそんなこと言ったのか分かったんですけど。でもオレ、今は不安に思ってないですよ」
 忘れられたくないとは、今だって思ってる。だけどそれまであった不安な気持ちは、今は全然なくなっている。
「忘れられたくないと、不安に思ってるのは、むしろオレの方だよ」
 少し淋しげな、涼介さんの声が頭上に聞こえる。
「オレは拓海の自由を奪ってしまったんじゃないかって。拓海を、手放さなければいけない日が来るんじゃないかって・・」
「そんな事ない!」
 涼介さんの言葉に、オレはすぐにそう叫んでいた。
「オレ、絶対涼介さんの傍から離れない。涼介さん、離さないで下さい。そんなの、絶対嫌だ・・」
 急にまた不安になって、オレはぎゅっとしがみついた。
「オレは、オレは・・」
 うまく言葉が出てこなくて、代わりに涙があふれそうになるのをオレは必死にこらえた。
「オレのこんな気持ちが拓海を不安にさせてしまったんだな・・」
 涼介さんはそう言って自嘲気味に笑い、オレをぎゅっと抱きしめ返してくれた。
「離さないよ、何があろうとも、オレは絶対拓海を離さない」
 痛いくらいの腕が、涼介さんの気持ちを伝えてくれて、オレはすごく嬉しかった。
「拓海、愛してるよ・・」
 そして、優しく降りてくる口付け。
「オレも・・愛してます・・」
 触れた唇から、熱が、想いが、あふれていく・・。

■  ■  ■

 この気持ちを、この想いを。忘れないで・・。




忘れないで・・
2001.4.6