TeaParty ~紅茶のお茶会~

『音色のお茶会』

雪うさぎ ~南天~

 真っ白な雪の中、その小さな赤い実は、まるで…。

 雪の降り積もった森の広場。
 高校生になってもこの降り積もった雪はどこか魅力的なのか、いくつか雪だるまが出来ていた。
 何年振りかに降り積もった雪は木々を真っ白に染め上げ、その白の中に茶色と緑が入り乱れ、光が当たり不思議な空間を作り出している。
 その木々を見ながら歩いていると、ひときわ目立つ赤が目に入った。気になって近寄ると、それは小さな赤い実だった。
 それをこの場所で見たという記憶はなかったが、その実には何か記憶に残っているものがあった。
 確かこれは…。
『それは、南天というのよ』
 子供の頃に聞いた母の言葉が、不意によみがえった。
 そうだ、南天だ。これはまるで…。
『―――みたいだ』
 母にその植物の名前を聞いたときに何かに似ていると思ったはずなのに、それが何だったか思い出せない。
「月森、何してんだ、こんなところで」
 思い出そうと記憶を辿っていると急に後ろから肩をたたかれ、思考が現実に引き戻された。
「っ!…あ、あぁ、土浦か」
 振り返ると、そこには土浦が立っていた。
 突然のことにびっくりして思わず跳ねた肩と声に土浦もびっくりしたのか、片手が上がったままの体勢で止まっている。
「すまない、突然だったから驚いた」
 思いのほか、意識が南天に集中していたらしい。その気配にまったく気付かなかった。
「いや、急に声掛けて悪かったな。まさかそんなに驚かれるとは思わなかったからさ」
 皮肉られるかと思っていたら、少しバツの悪そうな顔でそう言われた。
「南天を見ていたんだ。子供の頃、何かに似ていると思ったはずなのに思い出せなくて…」
 俺は南天に視線を戻した。真っ白い雪の中に、その赤い実と緑の葉が妙に目立っている。
「南天?……あぁ…」
 俺の視線を追うように、土浦が覗き込んでくる。そしてその名前と植物が繋がったのだろう、不思議そうな顔が笑顔に変わった。
「これって、うさぎの目みたいだって思ってたぜ、俺は」
 そう言われ、思い出せなくてもやもやしていた霧のようなものが、急に晴れた。
「そうか、うさぎの目だ」
 赤くて丸いこの実はまるでうさぎの目のようだと、そう思って母にその名前を聞いた。でも俺は、それをすっかり忘れていた。
「なんだ、月森も同じだったのか。今見ると、ちょっと小さ過ぎる気もするけどな」
 そう言った土浦の言葉に、だからか、と思った。子供の頃に持っていた好奇心や想像力が、今はいろいろなものを見過ぎて、現実的に考え過ぎて、薄れているのかもしれない。
「そうだ、せっかくだから雪うさぎでも作るか」
 そう言った土浦は、近くのベンチへと歩いていった。そこには誰にも触れられていない白い雪が残っていた。
「雪うさぎ?」
 なぜ急に雪うさぎなのかと思いながら着いて行くと、土浦はその雪を器用に集め、小さな山にし始めた。
 俺はその横で、なんとなく、その真っ白な雪に手を伸ばす。久し振りに触れた雪はとても冷たくて、俺はずいぶんと雪に触れていないことを思い出した。
 子供のときに比べると最近はあまり雪が降らないし積もらない。たとえ積もっても冷たいとわかっているから、指を冷やしたくなかったから、あえて触らなかった。
「雪うさぎの目には南天を使うんだ。耳は譲葉なんだが、まぁ、似たような葉でもいいし。耳探してくるから目を付けといてくれ」
 さっき見つけた南天の実を二つ渡され、そして土浦は木々の集まる方へと歩いて行ってしまった。
 仕方なくさっき土浦が作っていた辺り見ると、ベンチに積もった雪の上にきれいな小山が出来ていた。どの辺りに付けたものかと思案しながら赤い実を近付け、よさそうな場所を探した。
「こんな感じだろうか…」
 左右がずれないようにと注意しながら両目を付け終えると、ちょうど土浦が戻ってきた。
「この広場は何でもあるって感じだな。ちゃんと譲葉もあった」
 そう言いながらまた渡されたその葉を付けると、さっきまではただの雪の小山だったのもが、うさぎになっていた。
「ずいぶんと可愛いものが出来たな」
 雪の上に作られた雪うさぎは、目立つものではなかったが、赤い目と緑の耳が鮮やかだった。
「なんか、男二人で作るもんじゃなかったって気もするけどな」
 少し照れた風に言われ、そうかもな、と小さく返した。
 それでも、出来上がった雪うさぎを見ていると不思議と心が温まるように思えた。だから俺はしばらくその雪うさぎを見つめていた。
「雪だるまってイメージでもないし、雪合戦なんて絶対やらなさそうだし。でもせっかく雪が降ったんだからさ、月森と何かしたかったんだよ」
 その言葉に土浦を振り返ると、少し顔をそらしたその横顔がうっすらと赤く染まっていた。
 鮮やかに見えた南天で作られた雪うさぎの目よりも、その頬の赤の方が心に残る。
「土浦…」
 呼んでも、こちらを振り返ってはくれない。けれど、その赤が更に増したように思えたのは俺の自惚れだろうか。
「土浦…」
 もう一度その名を呼んで、そっと手に触れた。いつもは温かい土浦の手が、さっき雪に触れていた所為か、俺の手よりも冷たくなっていた。その手をそっと自分の手で包むように握り締める。
「冷たくなっているじゃないか…」
 反対の手も引き寄せ、手の中に包み込む。伝わるその冷たさは、雪に触れたときとは違い心地いいものだった。
「月森…!」
 あわてたように手を引かれ、思わず握り締めた手に力を込めた。俺が離さないとわかったのか、土浦はその手の力を抜いた。
「ありがとう」
 握り締めた手にそっと、ほんの一瞬だけ唇を寄せて俺はささやいた。
「なっ…」
 何が、と言いたいのか、何を、と言いたいのか、土浦は少し困った表情をしていた。
 雪うさぎを作ってくれて、一緒の思い出を作ってくれて、ありがとう。
 でもそれは口に出しては言わずに、俺はその手をそっと握り直して微笑んだ。
 土浦は更に困った顔をしていたけれど、あきらめたように小さなため息をつくと微笑みを返してくれた。
「ありがとう」
 俺はもう一度、土浦には聞こえないくらいの声でささやいた。

 二人で作った雪うさぎが、そんな俺たちを黙って見ている。
 真っ白な雪の中、その小さな実で出来た、赤い目で。



雪うさぎ ~南天~
2008.2.13
コルダ話10作目。
あとがきで妄想していた雪うさぎ話。
ほのぼの…。
でも、雪うさぎは見た!って感じで(笑)