TeaParty ~紅茶のお茶会~

『音色のお茶会』

雪うさぎ ~ふたつの雪~

 俺と君は違うけれど。
 進む道も別々だけれど。
 でも、ずっと並んでいたいから。
 ずっと、傍にいたいから。


 朝、玄関の戸を開けると一面の雪景色になっていた。
 ずいぶん、積もったな…。
 庭も、その向こうに見える塀も道路も、真っ白な雪で覆われている。
 その真っ白い雪は陽の光を受けてキラキラとまぶしいくらいに輝いている。
 まだ誰も踏んでいないその雪に、ふと触れてみたくなる。
 冷たいのだろうな…。
 そう分かっていて、そっと手を伸ばす。
 固められていない雪は軽くへこみ、そこに手形が残る。
 やはり冷たいな…。
 すぐに手を離し、積もった雪をしばらく見つめていた。
 庭の木々も雪をかぶり、その白い雪の間から茶や緑を覗かせている。
 その中に赤い実を見付け、俺は雪の中に歩を進めた。
 雪を踏みしめる度に、サク、とも、ギシ、とも、表現しがたい音が鳴る。
 ふと思い立って、その赤い実をふたつ手に取り、細長い葉を探した。
 見付けた葉も2枚とり、俺は玄関へと戻った。
 もう一度雪に手を伸ばし、そっと集めて小さな雪山を作った。
 ジンとした冷たさが指に伝わり、それは痛みに変わる。
 冷えた手に、はぁ、と息を吐きかけるとほんのりと温かさが伝わった。
 手を冷やす行為だと分かっていて、けれど、どうしても作りたいと思った。
 雪山の形を整え、とってきた実と葉をそっと付けるとそれは完成した。
 急に思い立って作った割には、うまく出来たと思う。
 けれど、真っ白な雪の上に作られたそれは、なんとなく淋しいようにも思えた。
 ぽつんと、ひとつだけで他には何もない。
 真っ白な雪の中に、真っ白な体で、まるで同化してしまうかのように。
 雪で作ったのだから、当たり前か。
 そう思い、それでも淋しさは薄れない。
 しばらくじっと見つめていると、こちらに足音が近づいてくる気配がした。
「月森、寒いのにわざわざ外に居たのか」
 俺が振り返るよりも先に、声が聞こえた。
「あぁ…。こんな雪の中、すまなかったな」
 驚いたとも、呆れたとも、どちらともとれる表情で土浦はそこに立っていた。
 なんとなく淋しさに落ち込んでいた気持ちが、温かな優しさに変わる。
「いや、もう止んでるし。なんか、わけもなくわくわくするからさ、雪って」
 そう言った土浦は本当に嬉しそうな笑顔で、俺までなんだか嬉しくなる。
「そうだ、これ」
 そう言って差し出された手のひらの上には、俺が作ったものとは違う雪の塊が乗っていた。
「雪だるま?」
 それは小さかったけれど、きちんと装飾された雪だるまだった。
「土産って訳でもないけど、せっかく積もったからさ…」
 どこで見つけたのか、ちょうどいいサイズの帽子まで乗っている。
「本格的だな」
 思わず、その手のひらの上の雪だるまをじっと見つめてしまった。
「そんなたいそうなもんじゃねぇよ」
 俺の言葉に、土浦は少し照れたようにその視線をそらした。
「ん?」
 そしてその視線が何かを見つけたかのように、俺の背後辺りで止まる。
「雪うさぎ?」
 まるでさっきの俺と同じような問い掛けに、俺の視線もそちらへと向けた。
「あぁ、急に思い立ったんだ」
 真っ白い雪の上に、俺の作った雪うさぎがぽつんと置いてある。
「って、月森が作ったのか?」
 驚いたようなその声に、俺は土浦に視線を戻した。
 その表情は、まさか、と言っているように思えた。
「意外だったか?」
 確かにそうかもしれないと思いながら、それでも思わずそんな風に聞いてしまう。
「いや、意外っていうか、わざわざ冷たい雪に触んないかと思ってさ」
 土浦の言葉に、いつもの俺だったら触れていなかっただろうと思った。
 どうして、今日は触れようと思ったのだろうか。
 どうして、雪うさぎを作ろうと思ったのだろうか。
「俺にも分からないんだ。でも、どうしても作りたかった」
 けれど、出来上がってみれば無性に淋しい気持ちにもなった。
「けど、俺たちってやっぱりどこか噛み合わないんだな」
 土浦は雪うさぎの横に雪だるまをそっと置いてそうつぶやいた。
「月森は雪うさぎ、俺は雪だるま、同じ雪を見ているのに、違うものを作ってる」
 そう言って笑った土浦のその言葉は、俺たちをそのまま表しているような気がした。
 考え方も、目指すものも、進むべき道も、何もかもが違う。
 認められなくて、負けたくなくて、お互いに牽制しあっていた。
 それでも、それだからこそ、気になって、気にして欲しくて、惹かれ合う。
「そこが俺たちなんだろう」
 並んだ雪うさぎと雪だるまを見て、俺はさっき感じた淋しさがなくなっていることに気付いた。
 それはどちらも雪で作られたものだけれど、ちゃんとその存在を誇示している。
 一人じゃない、他に、誰も居ないわけではない。
 俺は土浦の手をそっと引いて抱き寄せた。
「隣に、いてくれ」
 耳元で、そっとささやく。
「これからも…」
 この先、例え別々の道に進むことになっても、一緒にいられない時間が訪れても。
「お前もな…」
 小さくつぶやくような言葉と、そっと背中に回された腕が、とても嬉しかった。


 君と俺は違うけれど。
 進む道が分かれてしまっても。
 だからこそ、ずっと並んでいこう。
 ずっと、傍にいよう。



雪うさぎ ~ふたつの雪~
2008.3.10
コルダ話11作目。
雪うさぎ第2段。お庭で雪うさぎ編。
思いがけずシリアス風になりました。