『音色のお茶会』
日曜日の街中で
日曜日の駅前通り。お買い物の途中で見かけた、言い合い中らしい月森先輩と土浦先輩のお二人。
それは最近、とても見慣れた風景。
演奏する楽器は違うけれど、お二人ともその演奏技術はとてもすごくて。
春に開催されたコンクールで、私も同じ舞台に立たせていただいたことは、今でもまるで夢のように感じてしまって。
そんなコンクールのときから仲の悪かったお二人の先輩たちが言い合う場面は、学校の中でも何度も見かけていて、その場所は様々だけれど、仲良くお話しているところはあまり見たことがなくて少し不思議。
だって、あのお二人って…
「あれ~、冬海ちゃん。偶然だね~」
「きゃっ」
急に声をかけられて、思わず声を上げてしまいながら振り向くと、そこには天羽先輩が立っていて。
「ごめん、ごめん。急に声掛けたら驚くよね」
そう言って謝られると驚いてしまって申し訳なく思ってしまって。
「いえ、こちらこそ…」
「それより、何かおもしろいことでもあるの?」
報道部の先輩はまるで何かを期待するかのような楽しそうな笑顔。
「あの、また月森先輩たちが言い合いをしていたので…」
言いながらそちらに視線を向ければ、微かに聞こえるお二人の声。
「あぁ、あの二人ね。本っ当に犬猿の仲だよね」
笑いながら、でも少し呆れた感じに天羽先輩はそう言ったけれど。
「でもあのお二人って、犬猿の仲というより…」
「というより?」
「犬も食わないって感じがします」
だって、どんなに文句を言っていても、どんなに喧嘩のような言い合いをしていても、その度にお二人の奏でる音はとても優しい音色に変わっていくから。
「えぇーーーっ!!!」
少し大げさなくらい驚いた声を上げた天羽先輩だったけれど、それから少し考える風な表情に変わって。
「考えてみればあの二人の言い合いって、誰も仲裁に入らない割にはいつの間にか終わってるね」
最初の頃は誰かが止めに入ったりもしていたけれど、今では誰も彼も見守るばかり。
言い合いはしているけれど、険悪な雰囲気を醸し出しているけれど、でもたぶん本当は、そんなに険悪なわけではないのかもしれないってそう思えて。
「まぁ、仲直りしている風には見えないけどね」
苦笑いのような天羽先輩の視線の先には、言い合いから睨み合いに変わったらしい先輩たちがいて。
「でもきっとまた、温かくて優しい音色を聴かせてくれると思います」
とても上手だけれど冷たい感じがしていた月森先輩のヴァイオリンの音色も、圧倒的過ぎて少し怖いくらいに感じていた土浦先輩のピアノの音色も、ふたつの音色が合わさればそれはまるで…。
「そういえば最近、あの二人の演奏ってなんだか変わったよね」
「聴いていて、幸せになれるような気がします」
それは奏でている先輩たちが幸せだからなのでしょうか。
「あれだけいがみ合っているのに、なんであんな音が出せるんだろうね」
そう言った天羽先輩の言葉に、逆にも考えられるのだなぁって気付いて。
私は、あんな音色を奏でるのに、どうしていがみ合ってしまうのだろうって思っていたから。
「不思議ですよね」
だからもし、先輩たちが仲良くなったら、もっと優しくて、もっと温かい音楽が生まれるのかなってそう思うのに。
「ま、わからないからこそ、取材のし甲斐があるってもんだけどね。…っと、いけない。私、行くところがあったんだ。それじゃ、またね」
「はい、また…」
慌てた様子の天羽先輩を見送り私も人混みの中へと歩を進めると、なんだかとてもクラリネットを吹きたくなって、何か新しい曲を吹いてみたくて。
先輩たちが奏でるような優しくて温かい音楽を、私もそんな音色を奏でられるようになってみたい。
優しくて、温かくて、そして人を幸せにできるような音楽を。
明日になればきっと、先輩たちの音色も今まで以上に優しいと思うから。
そんな素敵な音色を聴けますように…。
そして、少しでも素敵な音色に近付けますように…。
日曜日の街中で
2008.10.17
コルダ話30作目。
初の冬海ちゃんなお話です。
深読みはしないのに核心を突いているような…。
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