TeaParty ~紅茶のお茶会~

『音色のお茶会』

日曜日の学校で

 日曜日の学校は平日とはちょっと違って、放課後以上に人は少ないし、聞こえる声や楽器の音もやっぱり少ない。
 それなのに…。
「空いてる部屋がないよ…」
 休みの日だというのに、練習室の予約はいっぱいでみんな埋まっているなんて。ちゃんと予約しておかないとダメってことなんだね。
 音楽室はオケ部が使うって言っていたから使えないし、講堂は広過ぎてなんだか申し訳ない気がするし、まだ人に聴かせられるような演奏じゃないから人混みは避けたいし。仕方ないから屋上にでも行ってみようかな。
 屋上は結構穴場で、放課後でも人が少ないことが多いから一人で練習するにはちょうどいい。
 そうと決まれば。私はヴァイオリンケースを持ち直して、屋上へと向かった。


 爽やかな風と暖かな日差しが降り注ぐ屋上へと続く重たい扉を開けて、キョロキョロと周りを見渡してみる。
「誰もいないのかな」
 つぶやきながら扉を閉めたその時、パラリと1枚の紙が降ってきた。
 風に煽られてまた飛ばされそうになったその紙を拾い、扉上の一段高くなっているところへと目を向けると、見たことのある短い緑の髪が風に揺られているのが目に入る。
「土浦君?」
 拾った紙を見れば『R.T』というイニシャルが書かれた楽譜で、その持ち主がやっぱり土浦君なのだとわかったけれど、私の声に返事はなく、落ちたこの楽譜を取りにくる気配もない。
 仕方なく階段を上って行くと、土浦君は柵を背もたれにして座っていて、膝の上に乗せられた何枚かの楽譜が、ただ添えられるかのような手の下でハタハタと揺れている。
「土浦君。楽譜、飛んじゃうよ」
 もう一度、声を掛けてみたけれどやっぱり返事はなくて、それよりも楽譜を押さえていた手が力なく滑り落ちていくからあわててしまう。
 その楽譜が飛ぶ寸前に抑え、少し俯き加減のその顔を覗き込むとどうやら転寝中らしく、規則正しい小さな寝息が聞こえてきて思わず小さく笑ってしまった。
 いつも見る土浦君と違って、なんだかすごく幼く見える。本人にそう言ったら嫌な顔をされそうだけどね。
「そんなところで寝てると風邪ひくよ?」
 楽譜を揃え、飛ばないように鞄で押さえながら声を掛けると、さすがに聞こえたのか瞼が小さく揺れて身じろぎをする。
 起きるかな、って思って立ち上がろうとしたその時、
「…ん…ゃ……れ、ん…」
 小さくつぶやくような寝言が聞こえてきて、思わず自分の耳を疑ってしまう。
 今、今、『れん』って言ったよね、私、聞き間違えた???
 頭の中が一瞬、真っ白になって、次の瞬間にはフル回転を始める。『れん』ってやっぱり『蓮』だよね、月森君だよね。でも、土浦君と月森君はお世辞にも仲がいいとは言えないし、というよりものすごく仲の悪いイメージの方が強いし、下の名前で呼び合っているのなんて聞いたこともないし、それにそれに、今の声って…二人ってどんな関係なの!!!
 思わずもう一度その顔を覗き込んでしまったけれど、さっき見せていた起きる気配が消えてまた普通の寝顔になっている。でも、なんだかさっきより幸せそうというか、穏やかというか、こんな表情の土浦君、初めて見たと思う。
 これってこれって、もしかしなくても私、見ちゃいけないものを見て、聞いちゃいけないものを聞いちゃったってことなんじゃない?
 そう気付いたらなんだかその場に居られなくなって、起こさないように細心の注意を払いつつ、それでも勢いよく立ち上がって急いでその場を後にする。足音を立てないように(なのになんでローファー履いているんだろう、私!)階段を下り、なるべく音がしないように扉を開けて閉めて、やっと一息つけたような気がする。
「ふぅ」
 小さくため息を落として、ドキドキする胸を押さえながら私はまた練習場所を探しに階段を下りた。


 校舎の中は外より更に静かで、階段を下りる自分の足音だけがやけに響いていている。
 頭の中からさっきのことが離れなくて、思わず歩く速度がゆっくりになってしまう。
 私の早とちり?それとも私の予想通り?
 さっきはあまりの衝撃で動揺して居ちゃダメだって思ったけど、もう少し居ても大丈夫だったかも。そうしたら何か分かったかもしれないのに。
 でも今更それを確かめることはできなくて(本人に聞くなんて絶対にできないし…)もやもやとした気分だけが残ってしまう。
「でもやっぱり気になる…」
「何が気になるんだ」
 思わず口から出ていたその一言に聞き覚えのある声が問い掛けてきて、一瞬、口から心臓が飛び出しちゃうんじゃないかってくらいビックリした。
「つ、月森君っ」
 思わず口を押さえながら視線を上げると、数歩しか離れていない距離に予想通りの月森君が立っていて更にビックリしてしまう。
 考え事に没頭してしまっていたらしく、そんな距離に居るにもかかわらず本当に全然、気配にすら気付いていなかった。
「ううん、なんでもない。ちょっと考え事してて…それだけ」
 首をブンブン振りながらあわててそう言ってみたけれど、月森君は少し不振そうな目で私を見ているようにしか思えない。
「……。そうか」
 答えるまでに妙な間があって、本当に納得してくれたのかどうかはよくわからなかったけれど、納得してくれたんだって思うことにする。
「君も練習か?」
 そんな私の思いが通じたのか、話を違う方向へ持って行ってくれたのでほっとした。
「うん。でも休みの日でも練習室って予約がいっぱいなんだね。空いた部屋がなくて…」
 それで屋上に、なんて言いそうになったその言葉を不自然じゃないところで止めた。
 せっかく話が変わったのに、自分で戻したら意味がないよね。
「予約をせずに練習に来たのか?」
 驚いたとも呆れたともとれそうな表情を向けられて、思わず苦笑いでそれを肯定する。
 計画性がない、とか言われそうだなぁ。
「俺が使っていた練習室が今なら空いている。場所がないなら使うといい」
 私の予想に反して、月森君はそう言って部屋の場所を教えてくれた。
「え、いいの?」
「今日は少し早めに切り上げたから」
 練習を切り上げるなんてなんとなくめずらしい気がする。そんな風にも思ったけれど、ありがたく使わせてもらうことにした。
「ありがとう。よし、頑張って練習しなくちゃ」
「じゃあ、俺はこれで」
 そしてお互い反対方向へと歩き出す。私はそのまま練習室に向かった。


 練習室の扉を開けて、そしてふと何かが頭の中で引っかかったような気がして思わず立ち止まってしまう。
 月森君、あんなところで何してたんだろう。
 あれ?
 私は屋上から降りてきて、月森君はたぶん練習室から歩いてきて、あの階段を上った先には屋上があって、屋上には土浦君が居て、月森君は練習を切り上げたって言っていて…。
 あれあれ?
 土浦君は屋上で月森君を待っていた、とか? 月森君は屋上に土浦君に会いに行った、とか?
 それってそれって、月森君と土浦君って…!!!やっぱり私の予想通り??
 思わず勢いよく振り向いて、まだ閉めていなかった扉に顔をぶつけそうになる。
 屋上まで確かめに行きたいような気もするけれど、今度こそ本当にその場に居てはいけない感じになるような気がして思い留まる。
 でも…やっぱり気になるかも…。
 握り締めたままのドアノブを引いたり押したりしながら、行こうか止めようかどうしようかと考えて、意を決して扉を閉め、ドアノブから手を離す。
 邪魔したら、ダメだよね。
 決めた。私の心に秘めておくから。二人のこと、影から応援することにするから。
 まだやっぱり気になるけれど、気にしないようにしながら私は練習を始めた。
 この日の練習が全然、手につかなかったことは、言うまでもないことだけれど。



日曜日の学校で
2008.6.20
コルダ話19作目。
初の香穂子主人公なお話なのに…。
香穂子じゃない人になってしまったような^^;