『音色のお茶会』
空を泳ぐ魚3
快楽の余韻が残るその顔を覗き込むようにキスをすれば、何か文句を言いたげな視線を向けられた。けれどそれはキスが終わっても言葉になることはなく、その表情もやわらかいものへと変わっていた。土浦は嬉しそうに微笑んで見せると俺の首に腕を回し、引き寄せるように抱き締めてきた。自然と土浦の首筋に顔を埋めるような状態になる。
「誕生日おめでとう、蓮」
耳元でささやかれたその言葉に、俺は埋めていた顔を上げて土浦と視線を合わせた。
「危うく今日中に言えないところだったぜ」
その視線が頭上の壁へと向けられ、安心したような笑みで戻ってきた。
土浦の視線を追って壁に掛けられた時計を見れば、その針はあと少しで日付を変える一歩手前を差している。
「ありがとう。すっかり忘れていた」
リサイタルの日程が決まったときはそれが自分の誕生日だという認識はあったが、いざ当日が近付くと自分のことなど忘れてしまっていた。
「本当はもう少し前に言う予定だったんだけどな」
今日中に言えなかったとしても、お前の所為だったんだからな、と小さく続いたその言葉に、行為の最中に壁へと向けられた視線は、時計を見るためだったのだと気付く。
そのとき、その理由がわからなかったにしても、俺は自分の誕生日にまで嫉妬したことになる。けれどそれが俺に関することなのだとしても、やっぱり俺自身に土浦の気持ちが向いていないのは許せない。
土浦の言葉は嬉しいのに、こんな風に考えてしまう自分が嫌になる。
「どうしたんだよ、蓮」
そっと頬に触れる土浦の手と心配そうに掛けられた言葉で、俺はひどく歪んだ表情をしていることを自覚する。
「俺は、この想いを止められない」
いつだったか、同じ台詞を言った記憶がある。そのときよりも更に、俺はこの想いを止められなくなっている。
土浦と共に過ごすことの多かったこの数ヶ月で、俺は色々なことを思い知らされた。
土浦のこと、俺自身のこと、世間のこと。俺はわかっていたつもりで、けれど何も理解していなかったのだと気付いた。
そして土浦との関係が俺にとって、自分が考えていた以上にどれほど大切で、どれだけの影響力があるのかを自覚した。
だから俺は嫉妬深くなり、そして必要以上に独占欲が強くなっていく。
「俺はそんなにやわじゃないぜ。お前も知ってるだろう」
その言葉はどこか強気なのに、その表情は少し困ったように俺を見ている。
頬に触れたままだった手が、俺の目元をそっと撫でていく。
「お前の想いなら、俺は受け止められる。お前は受け止めてくれないのか」
真っ直ぐに、本当に真っ直ぐに見つめられるその瞳は真剣で、そしてどこか魅力的で引き込まれそうになる。
俺はその瞳に誘われるまま、触れるだけの口付けを落とした。
「俺は君の想いしか受け止めたくない」
他の誰かなど、考えられない。そして土浦にだけ、受け止めて欲しいと思う。
「だから君の想いなら、何でも受け止める」
けれどそれが俺にとって都合のいいものならと、そう思ってしまう俺はずるいだろうか。
そんな俺の考えさえもまるで見透かすように引き寄せられ、唇が近付く。
「それならずっと、その想いを止めないでくれ。止めて欲しくないと思っている俺の想いを、ずっと受け止めていてくれ」
触れる寸前でささやかれた一言に返事を返す間もなく唇が触れ、誘うように開くその隙間から舌が忍び込んでくる。
俺は言葉で返せなかった返事の代わりに、そのまま口付けを深いものへと変えた。
土浦の想いが俺に伝わる。俺の想いも、土浦に伝えたい。
じわりじわりと熱が上がる。心が、身体が、満たされていく。
この先も、俺たちには色々なことが待ち受けているのだろう。
そしてその度にきっと、俺は自分の中にある止むことのない想いを何度も自覚する。
止め処なくあふれ、止めることなど出来ない想いを…。
空を泳ぐ魚
2009.4.24
コルダ話39作目。
HappyBirthday月森君♪
「海に浮かぶ雲」の続きをこんな形で書いてみました。
コルダ話39作目。
HappyBirthday月森君♪
「海に浮かぶ雲」の続きをこんな形で書いてみました。