『音色のお茶会』
海に沈む太陽
眠っているのに離されることのない、しっかりと握られた手がどうしようもなく恥ずかしい今年も残すところあと1日となった12月31日。そんな日にちになって月森はウィーンから帰国した。
毎年、クリスマスの頃にウィーンでコンサートを行っている月森は年末年始をそのままウィーンで過ごすことが多い。だが、今年は年内に帰ってくると、そう言ってウィーンへと向かった。
とはいうものの、そう簡単に毎年の予定を変えられるわけではなく、結局ギリギリのこの日程での帰国となった。
俺も年末ギリギリまで仕事が入っていたし、それならばいつものように年末年始は向こうでゆっくり過ごせばいいと言ってみたのだが、月森はどうしても帰ってくると言ってきかなかった。
職業柄、クリスマス、大晦日、カウントダウンにニューイヤーなどというイベントに合わせた演奏会が開催されることはよくあることで、だから俺たちは年末年始にのんびりと休みを取ることが出来ないことが多かった。
そういう事情もあるし、元々イベント事にこだわる俺たちではなかったが、いつか元日に揃って休暇が取れたら初日の出を見に行こうと、冗談交じりにそんなことを言っていた。
今年は年末がいつも以上に忙しかった分、年明けにまとめて休暇がとれた。それを月森に話すと、月森も仕事の都合を付けたらしく、初めて年始に二人揃って休みを取ることができた。
そんな初めての年末年始を二人きりで過ごすために、月森は無理をしてでも年内に帰ってきたのかもしれない。
空港まで月森を迎えに行き、半ば強引に俺の家へと連れてきた。
初日の出や初詣のために混雑することがわかっている外に居れば月森の負担になることは明白で、それならば部屋でゆっくりと過ごしたほうがいいだろうと思った。
だから俺たちは暖房の効いたリビングのソファで寛ぎながら、他愛のない会話を交わしてその時間を過ごしていた。
帰国が31日になると決まったときから初日の出を見に行くのは次の機会へと延期したが、月森はやけに残念そうだった。休みが重なることは滅多にないことだったが、この先その機会が全くない訳ではないし、楽しみは後に取っておいてもいいだろうと俺は思う。
それに、話をしている今でも月森はどこか眠そうな顔をしていて、かなり無理なスケジュールをこなしてきたのだろうとわかるから、これ以上は無理をしてほしくなかった。
加えてウィーンとの時差は8時間。ウィーンでは真夜中に当たる時間に日本へ着いた月森には、いくら時差に慣れているとはいえさすがにきついはずだ。
会話は途切れがちになり、それでも最初のうちはそんなに間を空けずに再開していたが、その間がどんどんと開いてくる。
「無理するなよ。少し寝たほうがいいぜ」
それまでにも何度か言ったその言葉を月森はなかなか聞いてくれなかったが、さすがに少し心配になってくる。
「いや、大丈夫だ」
そう言いながらも何度も何度も瞬きを繰り返していること自体、眠いと言っているようなものだ。
「マジでさ、身体壊したら元も子もないだろう」
そう言ってソファから立ち上がると、月森はむくれたような表情で俺の服を掴んできた。まるで子供みたいなその態度がおかしくて思わず笑ってしまう。
「別に、どこへも行きやしないって」
さっきから、俺が席を立とうとするとこうやって月森は俺のことを引き留める。例え眠ったと思っても、俺が少しでも動けば月森はすぐに目を覚ましてしまうから俺は動くことすら出来ずにいた。
寝てしまっては時間がもったいないという月森の気持ちも分かるが、今は休息が必要なときだ。
「ほら、ここにいるからさ。少し眠れよ」
服を掴んでいる手をそっと握り締め、俺は月森の隣へと移動してそこに座り直した。
「土浦…」
少し驚いた表情をした月森は、すぐに嬉しそうな顔で笑う。すぐ近くにそんな月森の表情があって、俺はなんだか急に恥ずかしくなった。
「君が隣にいるのに寝てしまうのはもったいない。でも、梁太郎のぬくもりは本当に心地いい」
握った手が握り返され、ついでにぎゅっと抱き締められた。
そのぬくもりに心がほっと温かくなって妙に安心するが、ささやくようなその言葉と急に変わったその呼び名はやっぱり気恥ずかしい。
「俺の帰る場所はここなのだと、ちゃんと帰ってこられたのだと、安心するんだ」
まだ寝ようとしない月森の背に、そっと腕を回して抱き締め返す。
「いいから寝ろ」
照れ隠しでぶっきらぼうにそう言えば、急に体重をかけてきた月森に押し倒されるかたちになった。
「なっ」
「本当はもっと、君と話をして、いたいだけ、なん、だ…」
驚いた俺を他所に、月森は途切れ途切れの言葉が言い終わるか終わらないかのうちに規則正しい寝息を立て始めた。その早さに、どれだけ眠いのを我慢していたんだと思ってしまう。
思わず苦笑いをこぼしつつ、月森の眠りを妨げないように抱き締めた腕に力を込める。
こんな風に組み敷かれてしまっては、俺もしばらくここから動けそうにない。
「おやすみ、蓮…」
伝わる体温に、月森が帰ってきたのだと実感する。抱き締めてくる腕の強さに、月森の想いが込められているようで嬉しくなる。
その心地よいぬくもりに包まれていると、俺までなんだか眠くなってくるような気がした。
今から寝ておけば、初日の出を見に行かれるかもな…。
ふと、そんなことを考えながら、俺もそっと目を閉じた。
眠っているのに離されることのないしっかりと握られた手が、けれどなんだかほっとする
海に沈む太陽
2009.12.30-2010.12.29
コルダ話63作目。
海空シリーズの番外編を書いてみました。
タイトルから入ったのでこのシリーズとなりましたが、
別に普通に社会人設定でもよかったかもとかって今更ですね。
いつか年始(初日の出)話も書きたいなぁ…←ただの希望
コルダ話63作目。
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別に普通に社会人設定でもよかったかもとかって今更ですね。
いつか年始(初日の出)話も書きたいなぁ…←ただの希望