『音色のお茶会』
海に輝く月30
朝食を済ませ、俺たちは出掛けるまでの時間をリビングのソファで過ごしていた。月森も俺も仕事へ行くことには変わりがないが、月森の行き先はウィーンだ。また少し、離れた生活へと戻ってしまう。
「空港まで送れなくて悪いな…」
月森が遠くへ旅立つときは、どうしてもはずせない用事がない限りなるべく空港まで送りに行くことにしていたが、今回は急なことだったから予定を空けることは出来なかった。だから余計に一緒に居られるこの時間を大切にしたいと思ってしまう。
「今回は突然の帰国だったからな。仕方ないさ」
それでも少し残念そうな表情を見せながら、月森の指が俺のそれを絡め取っていく。
「そういえば、君の誕生日だったのに何も用意していなかったな。帰ってきたら改めて祝わせて欲しい」
ふと思い出したように微笑まれ、俺は心が温かくなりながらも首を横に振った。
「誕生日に月森に逢えただけで俺は嬉しかったよ。それに、ウィーンでの演奏会っていう、最高のプレゼントも貰ったしな」
その話がもたらされたのは、ちょうど俺の誕生日だった。
「だが、俺が持ってきた話ではないだろう」
確かにそれは月森からの話ではなかったが、月森は演奏会で一緒に演奏することを望んでくれたのだから、俺にとってそれは月森からのプレゼントだと思っている。
「それでもさ、月森はすぐに俺と一緒にやりたいって思ってくれただろう。それが、俺にとっては最高のプレゼントなんだよ」
俺はその想いに答えるのが遅くなってしまったけれど…。そう思いながら、それは言葉にせずに心の中でつぶやいた。うだうだと悩んでいたことを口に出せば、また月森に変な心配を掛けさせてしまう。
だが…、と言って納得してくれない月森に、俺は絡んでいる指を更に絡ませるようにして握り締めた。
「今回は本当にさ、月森には色々と気付かせてもらったって思ってる。だから、月森の存在だけで俺は満足なんだ。もしもそれでもって言うなら、これからもずっと俺の目標で、俺のライバルで、それで俺の、隣にいてくれないか」
いつまでも、これからも、ずっと…。
「当たり前だろう。俺は君の隣を誰にも譲る気はない」
ぎゅっと握り返される手から、月森の気持ちが伝わってくる。そして俺の手からも、この気持ちが伝わればいい。
俺が月森にふさわしくないなどと、これから先、誰にも言わせはしない。例え言われたとしても、俺は俺のやり方でそれを覆してみせる。
「俺たちだけの、俺たちにしか奏でられない、そんな音楽を奏でたい」
世界にたったひとつしかない音色で、心のほんの片隅にでもいいから残るような音楽を、二人で奏でていきたい。
「まずは今、目の前にある仕事を片付けて、帰ってきたら演奏会の話をしよう。また二人で、二人だけの音色を作り上げよう」
そう言って笑みを向けてくる月森の表情には、一点の曇りもない。それは、いつだって前を見続けている月森の強さだ。
「今から、すごく楽しみだ」
そう言えるようになった俺は、月森の強さに少しでも近付いているだろうか。
手を握り合って、笑顔を向け合って、ほんの少しの淋しさは心の奥にそっと隠して、俺たちは次に逢う日の約束をする。
それはまた、新しい一歩へと続く道になる。
海に輝く月
2010.9.16up
(2009.7.31-2010.9.7)
コルダ話59作目。
たった4日間の話をここまで引っ張ってみました!
そのわりにラストがあっさりなのはいつものことです。すみません^^;
この先が続くかどうかはわからないけれど、番外編はある予定です。
(2009.7.31-2010.9.7)
コルダ話59作目。
たった4日間の話をここまで引っ張ってみました!
そのわりにラストがあっさりなのはいつものことです。すみません^^;
この先が続くかどうかはわからないけれど、番外編はある予定です。