『音色のお茶会』
桜の宴
はらり ひらり 吹く風に
はらり ひらり 舞い落ちて
3月も下旬になればあちらこちらで桜が咲き始め、通学路は冬の殺風景な景色から一転、一気に春めいた景色へと変わっていく。
暖冬でいつもより早く咲き始めた桜は、ぐっと下がった気温のおかげなのか長く盛りの時期を楽しませてくれている。
そのピンク色に染まった道を歩くのもあと少し。日本で桜を見ることも、しばらくはないのだから。
留学は以前から考えていた。それを、高校生活を後1年残したこの時期に決めたのは、早いうちの方がいいというもっともな理由であったが、それとは別の理由があったことも事実だ。
けれどそれは、ただの逃げだったのかもしれない。
春のコンクールで出会い、言い合いばかりを繰り返しているうちに俺は自分の中に芽生えた気持ちに気付いた。
俺は、土浦が好きだ。
秋から冬に掛け、コンサートで協演することも多くなり、その想いはどんどん募っていった。
けれど俺たちはその想いを伝えられるような関係ではなかった。
普通の会話を交わせるぐらいにはなっていたが、だからといって言い合いが絶えた訳でもなく、お互いが歩み寄るほどに仲が良くなった訳ではなかった。
惹かれる気持ちがあっても、考え方や感じ方はそう簡単に覆すことなんて出来ない。
この気持ちが言葉にならなくて言葉を探していれば、その態度が土浦を不快にさせていく。
黙っていても伝わらないのはわかっているが、伝えれば土浦を困らせるだけだということもわかっている。
想っても想っても叶わないのだとわかっていても、その想いを止めることが出来なかった。
だから留学の話が持ち上がったとき、あまり深く考えずにその話を受けることにした。
それはやっぱり、ただの逃げだったのだと思う。
会わなくなれば、自然と忘れていくだろう。
感傷に浸るのは最初のうちだけだ。
きっとそのうち忘れてしまう。
この気持ちも、この想いも、この痛みも。
街灯に照らされて、桜の花が淡く浮かび上がる。
名残を惜しむように長く咲くこの桜の花が、自分の心のように思えてならない。
会えなくなるとわかっていて選んだ道を、その別れが直前に迫った今、でもまだもう少しとこの場所にしがみついている。
思いが叶わないのならせめて、傍に居ることだけは許して欲しいと、まるでそんな風に言っているようだ。
けれど風に煽られ桜は散っていく。
強い風は容赦なく、花びらを宙に舞い上がらせる。
花の時期が長くとも、散るのは花の定め。
だからこの桜のように、この想いも空へと散ってしまえばいい。
けれどまだ、散りたくないのだと心が叫ぶ。
あと少し。あともう少し。
せめて、会えなくなるその日まではと。
はらり ひらり 風に舞い
はらり ひらり 散る想い
桜の宴
2009.3.30
コルダ話35作目。
月→土な片思いで切ない感じの話に挑戦。
独白で終わってしまいました…。
コルダ話35作目。
月→土な片思いで切ない感じの話に挑戦。
独白で終わってしまいました…。