TeaParty ~紅茶のお茶会~

『音色のお茶会』

オトメゴコロコイゴコロ9

「本当に、何があったの?」
 アンサンブルの練習を終えて各々片付けをしていれば、日野が他のメンバーに聞こえないように小声でそんなことを聞いてきた。
「リリに魔法をかけられた。そのおかげだろう」
 魔法が解けてから何度が聞かれたその質問の答えに、俺は今回も同じ答えを返した。
 リリのおかげだなんて、リリを付け上がらせるようで少し不本意でもあったが、それでもひとつのきっかけになったことは確かで、だからそれも間違えではないのだと思っている。
 だが日野は、やっぱり納得出来ないといった恨みがましい視線を送ってくる。
「いいだろう、日野の注文通りの仕上がりになってるんだからさ」
 本番まであと一週間を切ったが、個人の演奏だけではなくアンサンブル全体としても仕上がりは順調だ。
「まぁね、そうなんだけど…。やっぱり何があったのかは気になるんだもん」
 日野にしてみれば短時間で俺の演奏が変わったことと、いつの間にか俺の魔法が解けていたことがやっぱり気になるんだろう。
 だからといって馬鹿正直に、今、恋をしているから、なんて本当のことは恥ずかし過ぎて言えるわけがなかった。相手はあの月森なんだから尚更だ。
 だからといって何もなかったと言ってしまうのはなんとなく嫌であいまいな答えを返しているから、日野からすれば余計に気になるのかもしれなかった。
「土浦君だけじゃなくて月森君の演奏も少し変わったし、二人ともあんまり言い合わなくなったし…」
 鋭い指摘をされて女の勘は怖いなと思いつつ、動揺を示すようなヘマはしない。
「言い合うも何も、月森とは顔を合わせること自体が少ないだろう。それに、月森はあのことを知ってるから気恥ずかしいんだよ」
 月森と学院内で会うことは元々多いわけではなく、だからこそあからさまに会う回数を増やしてはいない。それでもやっぱり会いたいと思う気持ちはお互いにあって、だからこそ、その気持ちが演奏に大きな影響を与えている。
「そうだよね。私がばらしちゃったんだっけ。ごめんね」
 原因に自分が絡んでいることを思い出したらしい日野は、申し訳なさそうに謝ってきた。別に日野を責めるつもりで言ったわけではなかったが、これでこの話を終わりに出来るかもしれない。
「悪いと思ってんならこれ以上の突っ込みはなしな」
 広げた楽譜をたたんで鞄にしまいながら先手を打ってそう言えば、日野はしぶしぶといった感じに諦めてくれた。
 もしかしたらこういうことを言うから余計に気にさせてしまっているのかもしれないとも思ったが、まぁ、言ってしまったものは仕方ない。
 鍵盤蓋を閉め、ピアノの大矢根を閉めるために立ち上がれば、そのタイミングでポケットの中の携帯電話が小さく震えてメールの着信を伝えてきた。開いて確認すれば、それは練習を終わらせたことを知らせる月森からのメールだった。
 思わずゆるみそうな頬をきゅっと引き締め、『俺も終わった』と短い言葉を送ってから携帯電話をポケットにしまって大矢根を閉める。
「今日はお疲れ様でした」
 そう言ってみんなで練習室を出れば、ほぼ同じタイミングで並んだ練習室の別のドアから月森が出てきた。
「あれ、月森君も帰るところ?」
 日野が声を掛け、そのまま話し始めた流れで自然と一緒に帰ることになった。もしかすると俺の送ったメールを読んだ月森がタイミングを合わせて出てきたのかもしれない。
 数人でしゃべりながらの帰り道も、一人、また一人とそれぞれの帰路へと別れて減っていき、最後に残ったのは俺と月森だけになった。
「このまま君の家まで送っていっても構わないだろうか」
 練習室前で会ったときから一言も話していなかった月森からの控えめな申し出に、そういえば月森にとっての帰り道はこの道ではなかったことを思い出した。
「さっきの交差点で、曲がらなかったのはそのためかよ…」
 照れくさくて思わずぶっきらぼうに返事をすれば、少し空いていた距離が不意に縮まってそのまま手を握られた。
「君と話をしたかったんだ。学院ではあまり会えないから…」
 急に間近で月森の視線と体温を感じ、俺はどうしようもなく恥ずかしくなった。
「月森、近いって…」
 俺だって月森に会いたかったし話したいと思っていたが、それを素直に言葉にして伝えることがまだ出来ない。だからいつも想いとは反対の言葉を口にしてしまう。
 でも本当は嫌じゃないから、俺の言葉に離れていきそうになる月森の手を引き止めるようにぎゅっと握り締めた。
「土浦…」
 ほんの一瞬、驚き顔を見せた後、月森は嬉しそうな笑みを見せる。そして月森からも握り返されて少しホッとした。
 あのときの魔法がまだ解けていなければ、こうやって一緒に歩くようになっても変じゃなかっただろうかと考えて、俺はすぐにその考えを否定した。
「少しずつ、俺たちが一緒にいることを自然だと思ってもらえるようになるといいな」
 犬猿の仲ではなく、お互いを認め合ったライバル同士だと、そんな風に思ってくれればそれでいい。そしてお互いへの想いは、二人が知っていればそれでいい。
「俺としては、土浦は俺のものだと公言したいところだが…」
 握っていた手が引っ張られたと思えば、そのまま持ち上げられて手の甲にキスをされた。
「なっ!」
 月森の言葉と行動に思わず大きな声を出しそうになり、夕方の住宅街であることを思い出してぐっと声を飲み込めば、その口を月森の唇が小さな音を立てて掠めていった。
「大声を出すと近所迷惑になるだろう」
 そして耳元でささやかれ、俺は違う声を上げそうになって必死に口を噤んだ。
 わかってやっている月森の行動が腹立たしくもあるのに、その感情とは別のところには嬉しいと思ってしまっているのだから、気付かされた乙女心というものは非常に厄介で困ったものだったりする。
 しばらくは色々と悩まされるのだろうなと思いつつ、やっぱりそれもどこか楽しみだと思ってしまっていることには気付かない振りで、俺は月森の耳元で好きだと言ってやった。
 それが仕返しになったか、ただ月森を喜ばすことになったかは俺にもよく分からないが、そのときの俺は幸せな気持ちでいっぱいだった。



オトメゴコロコイゴコロ
2012.5.1up
(2012.3.24-5.1)
コルダ話74作目。
緊張のにょた話完結です。
にょたにする必要があったのかどうかが
ちょっぴり微妙なところですが…^^;
後半は下書きページと違う設定にしてみました。