TeaParty ~紅茶のお茶会~

『音色のお茶会』 音楽用語のお題

absolute

 ヴァイオリンの技術についてなら、きっと完璧だと言えるのかもしれない。
 けれど人間性は全くもって不完全だという印象が強かった。

 楽譜に書かれていることだけが伝わるような月森の演奏を、俺はどうしても好きになれなかった。
 どんなにそれが完璧だとしても、演奏者の気持ちが全くと言っていいほど伝わってこない。
 楽譜を完璧に弾きこなせる実力を認めないほど心が狭い訳じゃないが、それを素直に認めてしまうことも出来なかった。

 その原因の一つは、月森の性格なのだと思う。
 歯にもの着せぬ言動と自分にも他人にも妥協を許さないその性格が、俺にはどうしても受け入れなれなかった。
 そして、それならそれで構わないといった態度をとられるから余計に腹立たしい。

 別に月森のことが嫌いな訳じゃない。
 いっそのこと嫌いだったら、どんなに楽だろうと思う。
 本当は初めてその演奏を聴いたときから、月森の奏でる音色と月森自身に俺は惹かれていた。

 ヴァイオリンを弾くその姿はぶれることなく真っ直ぐで、弦を押さえる左手も弓を持つ右手も無駄など一切感じられない。
 その演奏姿はヴァイオリンを弾いたことのない俺でさえわかるほどに完璧だ。
 そしてそこから奏でられる音色も、惜しみなく出される技術も、俺を捕らえて離そうとしてくれない。

 そんな月森の演奏に、月森の感情が加わったらどんな風に変わるのだろうか。
 楽譜にはない、月森自身の心が伝わるような演奏を、俺は聴いてみたいと思う。
 俺の弾く、感情的だと眉をしかめるような、そんな月森の演奏を俺は聴いてみたい。

 そんな音色を奏でる月森など想像できないが、もしもと思わずにはいられない。
 月森を想って変わった俺の音色のように、月森の音色も変わることがあるのではないかと思う。
 そしてそんな風に月森を変えるのが俺であればいいと、そう願いながら俺はピアノを弾いた。



完全無欠の音色を聴いてみたいから…
2009.5.26
たぶん土浦君の片思い。
言葉の逆側を捉えて解釈するのは大好きです。