『音色のお茶会』 もどかしい恋のお題
お守り代わりにそっと
月森がウィーンに留学する。音楽の道に進むのならば当たり前の選択。そんなことは結構前から分かっていたし、知っていた。
けれどいざ行ってしまうとなると、心にぽっかりと穴が開いたような気分になる。
行かないで欲しい、なんて思うわけじゃない。別に淋しいわけでもない。
それでも、月森がウィーンに行ってしまうという現実が重くのしかかる。
「とうとう、明日だな」
出発の日の前日、俺たちは二人で過ごしていた。
「あぁ、とうとう明日になってしまった」
短い会話のあと、二人の間に沈黙が続く。さっきから、こんな状態の繰り返し。
本当はもっと話をしていたい。まだ出逢ったばかりのあの頃のような言い合いだって構わない。
でも会話が続かない。話をしていると、言ってはいけないことを言ってしまいそうで口を閉ざす。
刻一刻と、時間だけが過ぎていく。
出逢ってからまだ1年も経たない。こんな風に同じ時を過ごすようになってからはまだ半年も経っていない。
短い時間でも、いろいろなことが思い出される。それでもきっと、思い出としては少な過ぎる。
これからは、別々に過ごす。別々の思い出が増えていく。
「指、大事にしろよ」
なんとなく、絡めあっていた指をそっと握り締めてつぶやく。
そんなこと、言うまでもないことだと分かっていても、本当に大事にしてほしいと思う。
「餞別とお守り代わりな」
そっと手を取り、その指に唇を寄せる。右手の指に、左手の指に、小さなキスをひとつずつ。
「明日は笑顔で見送るからさ」
その手を握り締めたまま、俺は月森の肩口に顔をうずめた。
2007.12.18
月森君留学ネタ。
ちょっぴり乙女な土浦君。
離れ離れはさびしいです…。
月森君留学ネタ。
ちょっぴり乙女な土浦君。
離れ離れはさびしいです…。
何も言えずに手を取った
いつかはウィーンに行く。それは心に決めていたこと。それなのに今、ほんの少し心が揺れている。
日本を離れることを、淋しいと思う自分がいる。
その傍を離れたくないと思う人が、ここにいる。
空港でみんなに見送られていると、らしくもなく淋しくなる。
『明日は笑顔で見送るからさ』
その言葉どおり、土浦は笑顔を絶やさなかった。
けれどその笑顔が、本心を隠しているように思えて切ない。
だから俺も笑顔を君に向けていた。
これが別れになるわけではない。この先、逢えないわけでもない。
そう思うのは、俺のおごりだろうか。そう思おうと、しているだけなのだろうか。
それでも、悲しい顔は見せたくないし、見たくない。
「気を付けてな」
「あぁ」
一足先にみんなとの別れを済ませ、俺は土浦と二人きりになった。
刻一刻と、出発の時間が近付く。笑顔でいることが、少し辛くなる。
そして、搭乗を知らせるアナウンスが、別れの時を告げる。
「月森…」
瞬間、土浦の笑顔が消えた。その表情に胸が痛くなる。
反射的に伸ばされた手を取り、俺はそっと握り締めた。土浦の手のぬくもりが伝わってくる。
「土浦…」
ぎゅっと握り返されたその手の強さは、まるで心をつかまれたかのようにも感じた。
言いたい言葉も伝えたい言葉もあったのに、でも今の俺には名前を呼ぶことしか出来なかった。
2007.12.20
留学ネタ第2話。
続きで出発の日です。
別れは切ないです…。
留学ネタ第2話。
続きで出発の日です。
別れは切ないです…。
面影を追って瞳を閉じた
日本時間の早朝。月森から『おはよう』とメールが届く。ウィーンはまだ前日の夜。だから俺は『おやすみ』とメールを送る。
月森がウィーンに留学してから、それが俺の一日の始まり。
毎日欠かすことなく日課になっている、一日数回のメールのやり取り。
本当は電話で直接話すほうがいいに決まっている。
けれど長電話が出来るわけでもないし、なかなか切れなくなってしまうから、お互いにメールを送りあう。
他愛のない内容で、本心を隠す。
こんな時でも素直じゃないのか、こんな時だから素直に言えないのか。
月森の邪魔はしたくないから、言葉に出さずに心で願う。
本当は逢いたいと、思う。無性に逢いたくて、たまらない日がある。
だから昨日の夜は、その気持ちを込めて、少し長めのメールを送った。
届いた返事は、なんだかいつもよりも優しいような気がした。
日曜日の朝でも、いつも通り目が覚めた俺は、さっきメールを送った。
月森からの返事はまだない。
窓から差し込む日差しが暖かくてまどろんでいると、手の中の携帯電話からメロディが流れ出す。
いつもと違う着信音に、意識が急に浮上する。このヴァイオリンの音色は…。
「月森っ」
ディスプレイも確認せず、ボタンを押すのももどかしく、俺は叫ぶように電話に出た。
『土浦…。おはよう』
耳元で呼ばれた名前に、一瞬、背中がゾクリとした。
『どうしても土浦の声が聞きたくて…』
それは電話越しだったけれど、久し振りに聞く月森の声だった。
月森の面影を追って、月森のぬくもりを思い出して、俺はそっと瞳を閉じた。
2007.12.21
留学ネタ第3話。
海外へのメールも電話も高そうですが…。
時差ってなんだかもどかしい。
留学ネタ第3話。
海外へのメールも電話も高そうですが…。
時差ってなんだかもどかしい。
夢の中ではこんなにも
『月森』呼ばれて振り返ると、眉間に皺を寄せ、睨むような土浦と目が合った。
それは出逢ったばかりの頃の土浦で、なんとなく、懐かしいな、と思う。
『土浦』
呼びかければ今度は明るく人懐っこい笑顔。その笑顔が向けられるまで、俺たちはずいぶん遠回りをした。
そっと頬に手を伸ばせば、わずかに視線をそらし、照れたような表情を見せる。
引き寄せ唇を重ねると、そっと閉じられる瞼。印象的なその瞳が隠されただけで、また違った表情になる。
それは安らかな寝顔にも似て、けれど次に目を開けたとき、その瞳は誘うように俺を見つめる。
耐えるような表情、甘い嬌声、触れる指の熱さ、扇情的な眼差し。
「土浦…」
呼びかけて目を開けば、薄暗い部屋の天井が目に入る。
今までこの腕の中にいたと思ったそのぬくもりが、すべて夢だったと気付く。
夢の中ではこんなにもいろいろな表情を見せてくれるのに、現実はすぐ傍に、土浦はいない。
ウィーンに来てまだそんなに経たないけれど、逢えない日々はやっぱり淋しい。
ためいき交じりに時計を見れば、8時少し前で、休日にしても少し寝坊をしてしまったな、と思う。
カーテンを開け、日課になっている土浦へのメールを送るためベッドサイドの携帯に手を伸ばす。
手にした瞬間、着信を知らせる緑色の光とともに、いつもと違うピアノの音色が流れた。
「土浦っ」
ディスプレイも確認せず、ボタンを押すのももどかしく、俺は叫ぶように電話に出た。
『おはよう。今日はのんびりだな、月森』
少し皮肉めいた土浦らしいその言葉と、耳元で呼ばれた名前がすごく嬉しい。
『メールが来ないのがちょっと心配でさ…。声も聞きたかったし』
久し振りに聞く土浦の声は優しくて、俺はその声を心に刻み付けるように目を閉じた。
2007.12.23
留学ネタ第4話。
ちょっぴり微裏な感じも醸し出しつつ。
切ないはずが少し甘めかも…。
留学ネタ第4話。
ちょっぴり微裏な感じも醸し出しつつ。
切ないはずが少し甘めかも…。
空間の温もり
指先を絡めるように繋いだ手のぬくもり。触れて、触れられて、分け合うお互いの体温。
真っ直ぐに、見つめ合う視線の熱さ。
「おかえり」
土浦が今日何度目かのその言葉をささやけば、
「ただいま」
月森も同じ数だけのその言葉をささやき返す。
そしてどちらともなく、交わされる口付け。
何度も何度も軽いキスを繰り返し、見つめ合ってまた触れ合う。
まるで奪うように、確かめるように、次第に深くなる口付け。
自分のとも相手のともわからなくなるような口付けに、思考が付いていかない。
鼻にかかるような甘い声、息苦しさに耐えかねて、もれ聞こえる吐息。
全部、自分のものにしたくて、余すところなく触れ合う。
「梁太郎」
触れるだけでは足りなくて、まるで確かめるようにその名を呼べば、
「蓮…蓮っ」
しがみつくように、繰り返し呼び返されるその名前。
逢えなかった時間を埋めるように、その渇きを潤すように、何もかも与え合う。
「愛している…」
恋しくて、愛しくて、愛おしくて。
同じ空間に一緒にいられる、それだけのことが、とても嬉しくて。
今は、お互いのぬくもりを、ただただ、感じていたい。
2007.12.24
留学ネタ最終話。
最後はやっぱり帰国かなと。
空間というよりお互いのぬくもりになってます…。
留学ネタ最終話。
最後はやっぱり帰国かなと。
空間というよりお互いのぬくもりになってます…。
月森君留学話で5話。
切ないテイストでお送りいたしました。
でも最後は甘々~な感じで&ちょっぴり微裏かも?
いや本当は普通に帰国話になるはずだったのですが…。
そういえばいつから名前で呼ぶようになったんだ、この二人…。
切ないテイストでお送りいたしました。
でも最後は甘々~な感じで&ちょっぴり微裏かも?
いや本当は普通に帰国話になるはずだったのですが…。
そういえばいつから名前で呼ぶようになったんだ、この二人…。
もどかしい恋のお題