『音色のお茶会』
その想いはまだ
心の奥で警鐘が鳴り響く。関わってはいけない。
踏み込んではいけない。
聞いてはいけない。
見てはいけない。
気付いてはいけない。
コンクールの経験が俺をピアノから遠ざけた。だから音楽科のある学校に進みながら普通科に在籍していた。
学内コンクールなんてくだらないと思っていた。けれど巻き込まれたからには負けたくないと思った。
絶対、あいつにだけは…。
とにかく、第一印象は最悪だった。
考え方も違う、解釈も違う、着目点も違う。もちろん性格も育ちも自分の置かれた環境も違う。
そんなやつ、今までだって居たはずなのに、あいつはどうしても、何もかもが相容れない存在だった。
出逢わなければ、何の関わりもなければそれで済んだことなのに。
でも、俺たちは出逢ってしまった。コンクールという、俺にとって最も不本意な形で。
いけ好かない、と思ったのがとにかく第一で、無神経にも程があると思わせる言動がそれに拍車を掛けた。
思えば、図星をつかれた故の反発心もあったのかもしれないが、それを差し引いてもやっぱりいけ好かない。
こっちの言葉はすべて反論され、あいつの言葉には同意できなくて、いつも言い合いになる。
そのくせ、ヴァイオリンの演奏技術は、その言動を裏付けるかのように文句なしだから認めざるを得なくて、けれどその技術だけで弾いているような印象が俺をイライラさせた。
だから俺はどうしてもやつには負けられないと思った。いや、俺が勝つのだと、あいつを負かしてやるのだと。
第一セレクションで聴いたその演奏は完璧過ぎて、逆に何かが足りないような変な違和感があった。
本人はどうあれ、その演奏までを嫌うつもりはなかったが、好きにもなれなかった。だからその音には負けたくなくて、練習を重ねた。
けれどセレクションが進むにつれ、その違和感と嫌悪感は段々と薄れていった。放課後、時おり聞こえてくるその音色に、言葉では表せないけれど何かの変化を感じた。
けれど俺たちは相変わらずで、会えば、口を開けばいやみにも似た言い合いになる状態だったから、音が変わったなんて言っても、それがまた言い合いの原因になるだけだった。
お前には関係ない、はないだろう。悪くなったわけではないのだから、好意的に受け取ってくれればいいものを…。
俺はいつの間にかその音をいつも気にしているようになってしまった。変わっていく音色に興味が湧いた、というのだろうか。
何が変わったのか、何がその音色を変えたのか。そして、どんな風に変わっていくのか…。
ピアノと違ってどこでも弾けるヴァイオリンの音色は、校舎のあちらこちらで聴くことが出来た。
練習室にいた俺は、開けた窓から風で運ばれてくるその音色に、ふとピアノを合わせてみたいと思った。俺とは絶対に合わないであろうと思っていたその音色が、今なら合いそうな、そんな気がした。
合わせるようにピアノを弾けば、外から聞こえてくるヴァイオリンの音色はかき消されてしまう。近くにいるわけではないのだから当たり前だ。
それでも俺は、頭の中に残るその音色に合わせるようにピアノを弾いていた。
そして弾き終えた俺は、よく分からない感覚にとらわれていた。
今のままではこの音色に勝てないという焦り、思いもよらず二つの音色が重なったことへの満足感、そして、何かに飲み込まれそうな、捕らわれそうな、不安…。
それ以来、俺の頭の中からヴァイオリンの音色が離れなくなってしまった。
授業を受けていても、昼休みにサッカーをしていても、あの音色が聞こえてくる。
ピアノを弾いている時は、さらに音色が強くなる。
俺のピアノがヴァイオリンに合わせているのか、俺のピアノにヴァイオリンが合わさってきているのか…。
あの時と違う曲なのに、ヴァイオリンの曲ではないのに、聴こえてくるのはあのヴァイオリンの音色。
感情だけで弾いていると、それを伝えるための技術が伴っていないと言ったあいつの言葉が頭をよぎる。
今はそれ以下になっているじゃないか。どんな感情で弾いているのかさえ自分で分からない。
練習を重ねれば重ねるほど、自分の音が分からなくなる。最終セレクションが近付いてきているのに、曲が仕上がらない。
弾けば弾くほど、自分の音ではなくなっていく気がする。
もしかして、俺の音も変わったのか…？
深呼吸をしてからピアノに手を伸ばせば、自然と音が紡ぎ出される。そしてその音色に、頭の中の音色が重なる。
ヴァイオリンの音色に素直な気持ちでピアノを乗せていけば、俺のピアノは思ってもみなかった音色を奏でた。
やっぱり、俺の音も変わっている。
悪くなっているわけではない。むしろよくなっていると思うけれど、それは…。
気付きそうになる想いを、俺は急いで否定した。それは、気のせいなのだと。気付いては、いけないことなのだと。
その途端、音が乱れてしまい、まるで不協和音であるかのような音に変わる。
第一印象が、変わらなければよかった。
いけ好かないやつと思っていればよかった。
あいつのことなんか、気にしなければよかったのに…。
最終セレクションが終われば、もう関係がなくなる。競い合うことも、言い合うことも。
だから早く終わってしまえと、そう思って弾いた曲は、最後まで音が乱れたままだった。
どうして俺の音が変わったのか。どうしていい音が出せたのか。
俺は気付いてしまった。でもそれを認めたくない。認めてしまったら、認めてしまったら、俺は…。
気付いてもどうにもならない。どうすることも出来ない。
こんなことなら、気付かなければよかったのに。
それでも、心の奥が警鐘を鳴らす。
出逢ってしまったのだと。
もう、逃れられなくなるのだと。
俺は自分に言い聞かせる。
その想いはまだ、誰にも向かっていないのだと…。
その想いはまだ
2007.9.26
初のコルダ話。
つっちー気付いちゃった。ふふｖ
けどまだ大否定中。というか、混乱中？
対のお話近いうちにアップ予定。
この先二人をくっつけるための布石なお話ですよ。
初のコルダ話。
つっちー気付いちゃった。ふふｖ
けどまだ大否定中。というか、混乱中？
対のお話近いうちにアップ予定。
この先二人をくっつけるための布石なお話ですよ。