TeaParty ~紅茶のお茶会~

『音色のお茶会』

この想いはきっと

 気に入らない。
 それはつまり、気になるということ。

 人の目が気にならないといったら嘘になる。けれど、人の目を気にしていたら神経が参ってしまうのではないかとも思うくらい、人の目に晒されてきたと思う。だから、人の目は気にしないようにして過ごしてきた。
 人から下される評価も同じで、実際のところ本当は誰に向けられた評価なのかを判断し、自分に対する正当な評価以外は聞かないようにしていた。
 そのせいもあるのか、人に対して、好きも嫌いも思ったことはあまりなかった。
 目標とすべき、尊敬すべきという敬意の念はあっても、好意的な対象となることや、反対に、嫌悪感を抱くこともなかったように思う。
 それはコンクールの参加者に選ばれてからも同じで、何を言われようが、どんな目で見られようが、努めて気にしないようにしてきた。実際、さして気にならなかったのだが。
 それは他のコンクール参加者に対しても同じで、他人は、他の楽器は関係がないと思っていた。
 コンクールは自分との戦い。自分は自分のヴァイオリンが最高の音を出すための努力をしていけばいいのだと。
 参加者が追加されても、それが普通科の生徒でも、その考えは変わらないはずだった。同じヴァイオリンでの参加者でさえ、それ程気にはならなかったのに。

 唯一人、気に入らない、と思う存在があった。
 考え方や解釈や着目点など、たぶん音楽に対しての全てにおいて違う考えを持っている。
 それが、あまりにもお粗末過ぎれば別になんでもないことなのだが、そういうわけでもないから余計に腹立たしい。
 感情的なピアノの弾き方で、技術ではなく感情でその曲を伝えようとしているように思えて納得がいかなかった。
 だから俺は本人にハッキリとそう言った。けれど、どうにも意見が合わないようで思いっきり反論され、相手の意見にも同意できなかった。
 それからというもの、会えば文句の言い合いになるか、何も言わないまま牽制し合って一歩も譲らない状態だった。
 そして気に入らない、という思いも変わらずだった。気に入らないのであれば気にしなければいいのに、なぜかそれも出来なかった。

 第二セレクションでの演奏は、少なからず俺に何かしらの印象を与えた。俺の意見は変わらないものの、最初に聴いた印象とは違っているようにも思えた。
 努力しているのは、自分だけではないということか。
 俺は、ふとそんな風に思った。考えてみれば当たり前のことなのだが、そんな簡単なことに気付いていなかった。
 そう思ってみると、今まで気に入らなかったピアノの音色が違う感情で響いてくるように思えた。
 どんな感情なのか、それはまだよく分からなかったけれど、まだ、いいとは思えないけれど、気に入らないわけではない。
 それならば、俺も今以上に努力するまでだ。
 あの音色に負けないような、自分の音色を出すために。

 セレクションも後半に差し掛かる頃、俺はヴァイオリンを弾いていて、何か違うものを感じていた。今までにはない、何かこう、説明し難い何かを。
 その頃、色々な人からも音が変わったと言われた。そんな音色を出せたのか、とも。
 それがいいことなのか悪いことなのか、俺にはよく分からなかった。自分でも納得が出来ないので、うまく弾けていないような感覚だった。
 変わった、という言葉は、意外にも言い合いばかりを繰り返していた彼の口からも発せられた。
 自分でもよく分からないその音の変化を気付かれたことに対してなのか、うまく弾けていないと言われたような気がしたのか、とにかくその言葉を素直に受け取れなくて、俺は関係ないと言い放った。
 他の人に言われた時は気にならなかったのに、なぜか彼の言葉は俺に重たくのしかかった。

 それから、更に練習を重ねた。
 それこそ練習する場所は選ばなかった。逆に家では一人で弾いていることが多いせいか、学校では外で弾くことが多かった。
 誰かに聴いて貰いたいわけではない、聴いた感想がほしいわけでもない、それでもなぜか無性に外で弾きたいと思った。
 外にいると、色々な音が聞こえてくる。その音の中に、ピアノの音色を俺は聴いた。聴き覚えのあるその音色は、思いがけず俺の心にすぅっと、心地よく響いた。
 この音色を聴いていたい。無意識にそう思い、かすかに聞こえるその音色を曲が終わるまで耳を澄ませて聴いていた。
 聴き終わると、無性にヴァイオリンを弾きたくなった。今ならうまく弾けそうな気がした。そしてその演奏を、聴いてほしいと思った。
 弾き始めてすぐに、音が変わった、と思った。でもそれは今まで感じていたよくわからない違和感ではない。もっと別の、思ってもみなかった音色が紡ぎ出されていた。
 しばらくすると、ピアノの音色が聴こえてきた。風に乗ってかすかに聴こえるその音色は、確実に俺のヴァイオリンと重なり合っている。
 そのピアノの音色に、俺のヴァイオリンが合うとは思ってもみなかった。決して相容れないのではないかと思っていたのに、2つの音色は予想を遥かに超えたところで重なり合い、新たな音色を作り出しているように思えた。
 弾き終えて、物足りないと思った。もっと合わさった音を聞きたいと思った。
 遠く、風にまぎれた音ではなく、すぐそばで、彼のピアノの音色にヴァイオリンを合わせてみたいと。

 それからというもの、物足りなさは募る一方だった。あのときの音色を求め、でもどんなに弾いていてもその音色にはたどり着けなかった。
 あの時、俺のヴァイオリンは自分でも信じられないような音色を奏でた。それは技術とは違うところにある何かがあったように思う。それは、何だったのだろうか。
 頭の中に残る、かすかに聴こえてきたピアノの音色を思い出すように、耳を、心を澄ましてみる。
 情熱的でありながら、哀愁を感じさせる繊細な音色。心地よい調べ。
 技術だけで心を響かせようとしている、了見が狭い言った彼の言葉が頭をよぎった。
 俺のヴァイオリンに足りなかったものは何だ。俺にあの音色を奏でさせたものは何だ。
 そして、俺の音が変わったと言われたその理由は…。

 一度目を閉じて心を落ち着かせ、ヴァイオリンを構えた。弦に弓を当てれば自然に音が紡ぎ出される。
 そして、頭の中に流れるピアノの調べにヴァイオリンは自然と重なった。俺のヴァイオリンはあの日と同じ、いや、それ以上の音色を奏でている。
 あぁ、そうか。足りなかったのはこれなのか。自然とあふれてくる、この想い。
 気付いてしまえばそれは止まらなくて、ヴァイオリンの音色は深く優しいものに変わる。
 ずっとこのまま弾いていたいと思う。
 コンクールとか、技術とか、楽器とか、そんなのは関係ない。
 考え方や解釈も、正しいわけでも間違っているわけでもない。ひとつではない、人それぞれなのだと今更ながらに思う。
 もうすぐ最終セレクションが行われてしまうことを残念に思う。同じ場所で競い合える事はもうなくなってしまうのだろうか。終わってしまったら、出逢う前に戻ってしまうのだろうか。関係がなくなってしまうのだろうか。
 そうはなりたくないな…。
 惜しみながら弾いたその曲は、優しい余韻を残していた。

 音が変わったと言われ、でもそれがどういうことなのか分からなかったのは、自分の気持ちに気付いてなかったから。
 変わっていく音に自分で納得できなかったのは、この音色にたどり着く方法を見出せなかったから。
 何も気付いていなかった。気付こうとすらしなかった。
 素直な気持ちで弾けば、自分の音色は悪くなっていない。まさか、こんな音色を俺が奏でられるとは思ってもみなかった。
 もともと持っていた彼の高い技術ゆえに、それをもっと発揮してほしくて、裏返しのように文句を言っていたのかもしれない。
 気に入らなかったはずのものが、本当は気になるものだったのだと気付かされる。
 出逢ったときから、気になる存在だったのだと。

 俺はそうして自覚する。
 この想いはきっと、彼に向かっているのだと。



この想いはきっと
2007.9.27
コルダ話2作目。
つっちー話の対です。
つっきーも気付いちゃいました。ふふふv
あっさり認めちゃってます。潔いです!
これで後は二人がどうくっつか…ですね。