TeaParty ~紅茶のお茶会~

『音色のお茶会』

想いが重なるとき6

 月森のその告白を包み込むように、開け放たれた窓から流れ込む風音が、練習室に流れた。
 真っ直ぐに見つめるその先に、想いがあふる彼の人がいる。
 真っ直ぐに見つめられているのは自分だと、気付く。
 そして、囚われる。
「……っ…」
 土浦は何かを言おうと思って口を開いたが、何を言っていいのかわからなくてそのまま黙り込む。
 月森の言葉が頭の中をぐるぐると回る。
 その言葉は、自分の気持ちは…。
「それって…」
 ある考えに思い至って、独り言のように土浦はつぶやいた。
「気になっていたのだと思う、ずっと」
 素直に、月森は想いを打ち明けた。
 出逢った時から。その演奏を聴いた時から。
 自分の音色を変えてしまうほどに。
「俺は…」
 気付かないふりをしていた、気のせいだと思おうとしていた、認められなかった自分の想いが、あっけなく落ちていくように土浦には感じた。
 まさか、こんな展開になるなんて考えてもいなかったのだ、だから。
 気付かないふりをしていたんだ、俺は。
 月森に真っ直ぐに見つめられて、土浦は思い知らされる。自分の想いを、抗うことのできない自分の気持ちを。
 土浦が自分の気持ちを心の中で考えている時、月森は少し不安になり始めていた。
 自分の言葉が受け入れられたとも、否定されたとも、どちらとも取れない土浦の反応にどうしていいか分からなくなっていた。
 考えてもみれば自分勝手に想いを告げたようにも感じるし、けれど伝えずにはいられなかったのも本当のところで、だから想いを告げたことを月森は後悔していなかった。
 けれど、その先のことを、あまりにも考えていなかったのではないか、とも思う。
 それでも、さっきの二人の演奏はきれいに重なり過ぎていたから。それを幸せだと感じたから。あの時、ヴァイオリンに込めた想いを。
 俺は伝えたかったんだ、土浦に。
 月森が真っ直ぐ見つめるその先に、土浦がいる。
 土浦が見つめるその先にも、月森がいる。
 その眼差しに、相手への想いが宿る。
「俺も…」
 好きだ。と、土浦は小さくつぶやいた。
 その想いは、もう否定できない。認めてしまえば、想う気持ちが止められなくなる。
「土浦…」
 呼びながら、月森はグランドピアノに阻まれていた二人の距離を縮めるように、土浦の傍に歩み寄った。
 感じた不安は、土浦のその言葉で一瞬にして一掃された。そして更に、想いがあふれ出す。
 月森が傍まで来るとわかっていて、土浦は椅子から立つことも動くこともできなかった。
 離せなくなってしまった視線に、座っている土浦の首は自然と後ろに傾けられた。
 立っている時はほんの少し下にある月森の視線が、今は見上げる位置にある。
「月、森…」
 いたたまれない気持ちになって、土浦はその名を呼んだ。
 月森は無言で、ゆっくりと土浦に近付いた。
 囚われる。逃げられなく、なる。
「もう一度、弾いてもらえないだろうか」
 あと一歩。そんな距離で月森は土浦を愛おしそうに見つめたままそう言った。
「なっ…」
 急に言われたその台詞に、土浦は思わず変な声を上げてしまった。
 まさか今、そんなことを言われるとは思っていなかった。
「だめだろうか」
 そんな土浦の反応に、月森の表情が少し曇る。
「いや、構わない、けど…」
 けど、なんだよっ。と、土浦は思わずそう思った。
 なんだか変に恥ずかしくて、後ろに傾いた首を元に戻すように視線をそらし、少し俯いてしまう。
「ありがとう」
 月森はその言葉とともに、もう一歩、土浦へと歩を進めた。
 近付いた気配を感じて土浦がもう一度、顔を上げたその時。
「っ…」
 ふわり、と、二人の唇が触れた。
 そして、触れた時と同じ優しさのまま、そっと離れた。
 あまりにも突然で目を閉じることすらできなかった土浦は、閉じられた瞼がゆっくりと開かれるのを、本当に目の前で見てしまった。
 ゆっくりと目を開けた月森はその瞬間、赤く染まった土浦の表情が飛び込んできて、つられるように顔に熱が集まるのを感じた。
 まるで掠めていくようにほんの一瞬だったけれど、二人の想いは確かに重なり合った。
 そして余韻の残る唇が、妙に淋しいことに気付く。
「土浦…好きだ」
 言葉とともに土浦を引き寄せ、もう一度唇を寄せる。
「つき…ぅ…ん…」
 呼び返そうと開いた唇に、月森のそれが重なった。
 あふれ出しそうな想いを込めて。深く重ね合う。
 背もたれのない椅子が不安定で、土浦は自然と手を後ろに着いていた。その傾く姿勢を支えるように月森の手が土浦の背中に回された。
「…ふ…ぅん…」
 重なり合う唇がその向きを変えるたび、どちらともなく、ため息のような声が漏れた。
 止まらなくて、止められなくて…。
「…はぁ…」
 それでもゆっくりと離れ、息苦しさから開放されたように息をつく。
 しばらく何も言えず、合わさった視線も外せず、お互いをただただ見つめていた。
 何を言っていいのか、何を考えていいのか、何もわからない。二人はまるで、そんな状態だった。
「もう一度、弾いてもらえないだろうか」
 少しして、月森は思い出したように、さっきと同じ言葉を微笑みとともに土浦に告げた。
「あぁ。月森も弾いてくれ」
 照れくささは残るものの、土浦もそう返した。
 そして、練習室には今まで以上に優しく深く、そして迷いのない音色が重なり合って響き渡った。



 認めてしまえば、もう手放せなくなる。
 自分のこの音色も、相手が奏でてくれるその音色も。
 想いも音色も、今、重なったばかり。



想いが重なるとき
2007.11.10
コルダ話4作目。
やっと!!くっつきましたこの二人!
長い…長い道のりでした。
引っ張った割りに最後はあっけないような?
でもいいの。くっつけるのが目的だったから!!
(自分はよくても許されないかも^^;)